石谷牧師が発信しています広島からの風

第18信「広島土砂災害現場での防災ダム築造」

 2014年8月20日未明の集中豪雨により発生した「広島土砂災害」から二年4ヶ月が過ぎました。災害直後からみなさまに被災された方々のために祈っていただき、また義援金と支援物資をお送りいただきありがとうございました。現在の様子を緑井地区の県営緑が丘住宅付近の写真を添えて報告します。

 まず昨年の8月と現在(2016年12月12日)の様子を見比べてください。

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緑井地区 2015年8月29日(土)

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緑井地区 2016年12月12日(月)

 現在高さ15メートルほどの大きな砂防ダムがほぼ完成しています。このあたりには同じ規模のダムがあとふたつほど確認できました。近くまで行ってみるとこのようです。これならば相当の土石流をくいとめることができそうです。しかし災害が起きてから対策が取られていくことが常です、このようなダムが早く築造されていたらと思います。私たちはふだんから大雨と土砂災害を結び付けて、「いのちてんでんこ」空振りでもいいから、大雨、地震、津波、落雷、竜巻など自然の営みに対して備える心を持ち、命の安全確保に努めたいと思います。

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 多くの犠牲者を出した県営緑が丘住宅付近では、修復工事を終えた棟、なお引き続き修復工事が行われている棟、戸建て住宅地では、この一年の間に更地になった区画、住宅の再建された区画とありました。また住む人のいなくなった家屋、いぜんとして更地のままの区画もありました。ここにおられた方々のそれぞれの選択、再建の困難なことを想像することです。

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 震災一年後の報告でこのように書いた場所がありました。「大きな岩をふたつ立てた門、見事な庭木、庭を散策するための踏み石、そして井戸、このお宅には広々とした敷地に豪壮な日本家屋が建っていたのでしょうか。住まわれていた方の無念さ、残念さを思います。」この場所が気になって訪ねてみると、まさに大きな二階屋の日本住宅が建てられつつあるところでした。やがて家に灯がともり人たちの暮らしがまた始まることでしょう。


 いつ遭遇するか分からぬ天災と人災、こうして今日生きているというがどんなに貴重で感謝なことか。だから私たちの方からはけっして自分の「いのち」と「くらし」を軽んじて失うことをしたくはありません。自分を守ることを人任せにしないで、自分たち自らが普段から意識して守っていきたいと思います。

(2016.12.12記)

第17信「広島土砂災害から一年」

 2014年8月20日未明の集中豪雨により発生した「広島土砂災害」から一年、みなさまからは義援金と支援物資をお送りいただきありがとうございました。ボランティアに来てくださったみなさん、ありがとうございました。私はあのときの気持ちを新たにしたいと考えて災害現場の緑井地区と八木地区を8月29日に訪ねました。写真を中心に報告します。

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緑井地区 2015年8月29日(土)

 県営住宅では家屋の修繕が行われ、また砂防ダムの築造工事が実施されていました。更地のされたままの敷地と住む人のいなくなった家屋も見られました。土砂災害で亡くなった方々の慰霊碑が作られそこにはかつての家並みが壁画となって描かれていました。

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更地となった敷地に、亡くなった方をお参りしたのでしょう、花がたむけられていました。

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大きな岩をふたつ立てた門、見事な庭木、庭を散策するための踏み石、そして井戸、このお宅には広々とした敷地に豪壮な日本家屋が建っていたのでしょうか。住まわれていた方の無念さ、残念さを思います。


いつ遭遇するか分からぬ天災と人災です。こうして今日という一日みなで生活していることそのものが不思議で幸いなことなのだと災害現場を歩き思うことでした。私たちの「いのち」と「くらし」を守る主人公は私たちであること、人任せにしないで、できるかぎり自分たち自らが普段から意識して守っていかねばとの気持ちを新たにしました。

(2015.9.1記)
以上

第16信「2014年10月開催JMFセミナー第Ⅲ分科会報告」

 私は今年10月に東京杉並区の方南町教会を会場にして行われたJMFセミナーで、第Ⅲ分科会―「地の塩として現代社会における預言者的使命・社会的責任」―を担当しました。

以下はその報告です。


 私はこのセミナーにおいて全国各地のメノナイト兄姉と共に、私たちが生活している社会をどのように認識し、その上でどのようなことが自分たちにはできるかを考える機会にしたいと思いました。そのためにまず次の三点の設問に回答を求めるアンケートを実施し、各地のメノナイト13名の協力を得て回答資料集を作成しました。


1.イエスはご自分が生きられたその時、その生きている場の課題をどのようにとらえ、それにどう取り組まれたと、あなたは思いますか?


2.そのイエスの生きざまに励まされ、促されて、あなたは現代の社会のどのような課題に教会またクリスチャンは今取り組むべきであると思いますか?また、そう考える理由は?


3.あなたはそれらの課題に実際にどう取り組んでいますか?または、取り組もうとしていますか?あるいはどのような取り組みが可能だと思いますか?

 

 13名の内訳は協議会6名、TAFMC1名、兄弟団2名、教会会議4名。JMFを構成している4団体の兄姉の協力を得ることができたことは幸いでした。回答内容はまさに13人13様、それぞれの生活背景がありそのなかでイエスとの出会いがあり、みなさんはイエスの導きを得て信仰生活を歩んでいると感じるものでした。イエスがその生涯をかけて何を願い求めたと考えているか、その死の意味、十字架と復活にあらわされた神からの人間へのメッセージについての理解が13人13様に確かにあって、それゆえのその人の預言者的使命・社会的責任の自覚となっていると感じました。


 このアンケート回答を踏まえて、分科会の目的を、私たちが生きる日本社会のなかで私たちが果たすことのできる預言者的働き社会的責任について、参加者各自の意見・考えを分かち合うこと、そして自分にはない考えに心を開いて、私たちがさらに地の塩・世の光となる働きができるようになることにしました。イエスの弟子でありたいという願いを私たちは共通して持っています、だからこそ、自分にはない兄弟姉妹の考えや取組みを聞き、心を開き、自分を省み、このセミナーを体験することで、自分の考えや取組みをさらに深め広げていきたいと願いました。


 第3分科会は20名ほどが参加しました。できるだけ密な交流をしながらテーマに沿った話し合いをしたいと考えて、20名が3グループに分かれて話し合う時間も作りました。

最初のセクションはテーマに沿った二つの発題と路上生活者の方への食糧支援を続けている方南町教会からの報告、参加者各自の自己紹介でした。つぎのセクションでは、3グループに分かれて夕食をともにしながら、発題に関する感想、テーマに関しての思いや所属する教会と自分の取組みを語り合い、再び全体会に戻りグループ発表をしました。翌日の最終セクションでは、各自のまとめとして、本セミナーに出席して考えたこと学んだことを分かち合いました。


 まず発題。※下記の要約は発題のほんの一部であることをご了解ください。


Mさん(教会会議)

 イエスは差別される側、異端視される側、異常とされる側、劣っているとされる側の人たちの仲間として、十字架の死にいたるまで歩まれている。そしてこのイエスの生きざまは神の然りである。人間に対し神は恵みをもって臨まれている、と自分の現場での取組みのなかでしめされてきた。自分はこのことを信じ拠り所にして、しめされていることを出会う人との関係の中で実現しようとして日常生活の場を大切にして生きている。

 そして、現在、具体的な問題の一つとして心を痛め注視していることは在日朝鮮人の方々に対する「ヘイトスピーチ」である。「ヘイトスピーチ」は人間として生きる権利を脅かす行為である。誰もが安心して自由に生きる権利は、神の恵みに支えられている一人一人の権利である、そして人間が相互に認め合い保障し合うべきことではないのか。この国で抑圧を受けている在日外国人に連帯することが求められている。


Sさん(教会会議)

 人間の罪によって生じている、暴力の行使、基本的人権を軽視する昨今の政治と社会状況を憂い、教会で語り、大分市内の弁護士・市民と協力して活動をしている。自分は現政権の政策に対して抗議している。


Oさん(TAFMC)

 ある日路上生活者が方南町教会に支援を求めて来訪されたことが機会になって、教会を挙げて路上生活の方への食糧支援を続けている。祈りつつこの方たちと関わっていること、そうした中で生まれた交流と礼拝に出席する方について報告。具体的な毎月の食糧支援の方法、食糧購入方法・費用などについてもお聞きすることができた。


参加者の分かち合いでの発言から。


・これまではそこまではなかったが、現政権になってから成立している法律にたいへん危機感を持っており、それを声に出していく、抗議行動もしていく必要があるのではないかと思うようになっている。

・方南町教会が、求めてきた路上生活者の必要に応じて、教会のできることを具体的なかたちにして、継続して行っていることを、教会が地域社会とつながっていることと見る。方南町教会は、すべての人のいのちと尊厳を大切にしようと預言者の声を挙げていると感じた。また、どんな人であっても、一人一人はそれぞれに固有の背景を抱えた異なる人間である。自分もそうである。路上生活者の「ひとり」の必要に応えていく取り組みは、すべての人が固有の存在であり固有の必要を持っているのであるから、私たちが隣人の固有さ、独自なことに丁寧に応えていくということにつながっていくように思う。このことは個人が軽んじられる現代日本社会のなかでは、地の塩、預言者的働きなのではないか。

・神は人間をどう見つめてくださっているか。人間は愛に欠け、弱い、しかしそれでも自由が保障され、神のみむねに生きよと期待され招かれている。神の願いは、私たちが私たちのいのちとくらしを互いに大切にし合うこと。神はこのことがすべての人たちに実現されるようにいっしょに働いてほしいと、私たちに願っていると思う。まずは関わりのある身近な人たちのいのちとくらしを大切にしていく、そしてそのような姿勢をもって生きることをまず私たちが行い、続け、そしてだんだんと私たちの社会の雰囲気、精神文化になっていくようにと願う。

・神の赦しと恵み、イエスの模範と導きによって、一人一人のメンバーが個性、その固有なことを認められて、自由に発言し生き生きとして存在できる教会をみなで配慮して作っていきたい。この取り組みがあって、社会と世界のすべての人にも同じことが実現するようにと求める預言者的働き、地の塩としての働きができるのではないか。

 

セミナーを終えて私の感想。

 それぞれの方が自分の生活する場で、関わる方との関係を通じて、イエスの弟子として行動をする者でありたいと願っていると、強く感じる学びとなりました。また現在の私たちの社会のどんなところに関心を注ぎ危機感をいだき、それに対してどう行動しているかは、アンケート回答において、分科会討議において、同じメノナイト派の教会員でもまったくひとりひとり違っていました、このことに驚きつつ、それだからこそ私たちは独自で固有な存在なのだと思いました。このことをはずさずに、加えて私はみなさんと次のことを共有・共感して、祈りと行動を合わせたいと思っています。

・私たちには、神が、イエスが、人間一人一人を大切な存在としてみてくださっていることが原点である。まず、教会、家庭、身近な人との関係のなかでこのメッセージを分かち合う。そして社会のなかでの私たちの社会的責任を果たすこと・預言者的働きはその展開である。すでに神はこの社会の中でちいさくされた者のいのちとくらしを大切にしようとして働いておられる。


・喫緊のこととして歴史に学ぶときに、私たちが教会のこと、生活の場でのことに終始している間に、私たちはとんでもない戦争に巻き込まれ加害者の側の一翼となった、また悲劇を味わう者になったという歴史の事実がある。現在の政治・社会状況に少しでもそんな不安があるなら、自分の取組みを急ぎ広げて、日本政府のちから(武力)でもって争いを解決する姿勢をいましめることは私たちの預言者としての働き・社会的責任ではないか。

 また我が国と世界において貧困者と暴力を産む構造をいつまでも放置するような政治に対して、これは「いかん」という思いを共有し声を挙げて抗議し、すべての人のいのちと暮らしが守られるように変えていくことは私たちの社会的責任ではないか。私たちには過去の歴史を変えることはできないが、いまとこれからの歴史を作ることはできる。武力増強ではなく対話と協調に努めること、国民の間にある貧困と差別を小さくしていくこと、国民の知る権利を実現する情報公開を強く進めることを、私は現政府に求めようと呼びかけたい。

 

 私にとってこの第Ⅲ分科会での学びは、これからの自分の働きの方向と具体的な実践の柱を考える機会となりました。全国のメノナイトのみなさんの協力と参加に心から感謝し報告とします、ありがとうございました。


以上

広島メノナイト・キリスト教会牧師 石谷忠之

第15信「広島土砂災害募金先のご案内(キリスト教関係)」

 全国各地で広島の土砂災害被災を覚えてお祈りしていただいておりますことを感謝申し上げます。8月20日未明の集中豪雨により発生した「広島土砂災害」によって多くの尊い人命が失われ、家屋倒壊、住宅地への土石・土砂の流入が起こりました。現在、被災地区では、まだ発見されていない方の捜索と、土石・土砂の撤去作業が行われています。

被害状況 (8月31日18時現在 毎日新聞による)
                人的被害 死亡  72人
                     負傷  44人
                行方不明      2人
                物的被害
                     全半壊 65件
                     一部損壊64件
                     床上・床下浸水262件

 広島市、赤十字、事業所他で募金活動が始まっています。ここではキリスト教関係団体募金受付先を紹介します。
① 郵便振替口座 01370-3-108803 口座名 広島宣教協力会
 ※「土砂災害支援」と明記する。
②  郵便振替口座 00170-9-68590  口座名 日本国際飢餓対策機構
 ※「広島土砂災害」と明記する。
③  郵便振替口座 01310-0-16760  口座名 カトリック広島司教区
 ※「広島土砂災害支援」と明記する。
 詳細は上記団体のホームページをご覧ください。
なお、ボランティアを希望される方でお困りのことがありましたら、石谷までご照会ください。
 石谷連絡先:電話082-229-5800

 引き続きお祈りとご支援をよろしくお願いいたします。

(2014.9.1記)


広島メノナイト・キリスト教会牧師 石谷忠之

第14信「いま・ここで、イエスならどう動かれるだろうか」

 イエスに捧げられる弟子たちの賛美、これをたしなめた人々に対する、「言っておくが、もしこの人たちが黙れば、石が叫びだす。」というイエスのことば。(ルカによる福音書19章40節)

「石が叫びだす」ほどに、イエスが生きていた状況は、イエスとその周りに集められた者たちにとってなんとかせねばならぬ、自分の尊厳を踏みにじられている状況であったのであり、その中で果敢に行動していたイエスがエルサレムに入城するとき、人々は歓声を上げて迎えたのでした。ひるがえって、私たちの「いま」「ここ」はどういう状況でしょうか、私には、私たちが叫ばねば「石が叫び出す」というイエスのときに似た、なんとかせねばならぬ状況という認識があります。


イエスが生きていた状況。それは、ユダヤ教、律法、神殿体制が絶対化され、これに近い者たちが高位に座るという人間の序列化が進んでいたと言えば分かり易いのではないでしょうか。そして絶対化され、神聖化されたものから遠い人々の存在は軽視されている、そしてこの構造が再生産されていくという状況。たとえば、病気持ちの人間は罪をもって「生きている」、子どもは未熟さをもって「生きている」、ギリシャ人・ローマ人は異教徒として「生きている」、こうした人間たちを底辺、枠外に置き、一人前のユダヤ教徒は、この者たちを自分の隣人としてはいけないと考える雰囲気濃厚な状況だったと私は思います。多くの人々は「生きている」の前にあるその人間を修飾することがらに関心を注いで、自分の隣人か隣人でないかを決めていたのです、それが当然の雰囲気だったのです。

 ところが、イエスは、神はこのような状況を望んでいない、むしろ人間が「生きている」ということがどんなに神の喜びであるかとの示しを受けて、この状況を変えることに挑戦していったのです。神に省みられない人間が存在する、と決めつけることは間違っており、むしろこの者たちが喜び生きることが神の望みだとイエスは語り行動で伝えたのです。

イエスの語りと行動はユニークでした。けっして、ちから・暴力を使わないのです。しもべとして仕えていくことで、出会う人それぞれの生きて在ることを尊び、「生きている」ことを尊重しました。イエスと出会った者たちは、イエスに接近していく自由、離れていく自由を認められていました。こうしたイエスの言葉と行動は、構築された宗教上の序列を武器に権力を行使することで社会的地位を保持し、既得権益を保持している者たちを結果的に鋭く批判することになりました。

地の民、罪人を作ることで権力と利益を我がものにできていた者たちは、イエスに敵意を持つようになり、まもなくこの者たちによって、人間が生きていることを大切にしようとした、ちからを使わない、ゆえに非暴力の、イエスは殺されたのです。すべての人間のいのち・尊厳を重んじることはしない、それを再生産していく構造は、それを維持するために暴力装置を備えます、これは世の常です。そしてこの構造を変えようとする者は暴力、ちからに頼ることをしないのですから、必然のようにして、ちからに頼る者によって倒されるのです。


人間には確かに自由がある。すべての人間のいのちを重んじることはしないという自由、イエスを殺害する自由もある。しかし、その自由は、本当は、自分が生きていることを大切にすること、そして隣人が生きていることを大切にするために用いることが期待されている自由と、私はイエスを通して教えられています。


さて、現在私たちはこの自由をどのように使っているのでしょうか。自由を、自分の幸い、ちからと富の追求に使っている、のがイエスの状況に似た私たちの現実なのではないでしょうか。


いま、ここで、イエスはどう動かれるか、との問いを持ちます。

 


『人間の分限を超えて、自然と隣人である人間を搾取し、自分の欲望・利益を実現することを優先していることがさまざまな人命軽視、人権侵害を引き起こしている。』これはペシャワール会の中村哲さんのことばです。(『天、共に在り』2014年 NHK出版)

私は自由を備えている「個人」に注目します。

私は個人主義には「本当の個人主義」と「利己的個人主義」があると考えます。自分を大切にし、自分が大切にされることはわたしたちみなが求めていることです。個人を尊重する「個人主義」です。

「本当の個人主義」とは自分が大切にされるように、周りの者も大切にされることを求め、自らも周りの者を大切にするということです。これは共生や共同体を生み出していきます。しかし現実には私自身をもちろん含めて、個人主義は「利己的個人主義」に陥るのではないでしょうか。私たちは自分を大切にするようには、周りの人間を大切にしない。だから、私たちのできることは自分たちの「利己的個人主義」に敏感になって抑制し、社会にその行為を見つけたら指摘し直していくことです。たとえば、次のようなことは「利己的個人主義」が日本国中に、私たちに蔓延していることから引き起こされているのではないでしょうか。

  ・福島原発事故における、こども被災者支援法の適用の不十分さ

  ・非正規雇用の放置 貧困・格差社会の放置

  ・日本国籍を持たない外国人に対する差別

  ・沖縄の地方自治体からの建白書の無視 政府のアメとムチによる基地の押し付けが続く現状


このような状況認識を持って、私は自分のできることを次のように考えています。


まず教会という場。

教会にはそれぞれの必要と関心を持った個性豊かな人間が集まっています。一人が自分の主張を絶対化して仲間に押し付けるようなことがあっては断じてなりません。お互いの行動を認め合うことです。これを基本にして、お互いに協力できることを見つけていく努力は惜しまないようにする。このことを踏まえて私は次のことを心がけています。


a.2011年3月11日までの私の礼拝説教は、政治が国民のいのち、暮らしを軽んじることがあるのを考慮しない能天気なものであった。これでは教会員、周りの人たちがいのちと暮らしを守ることに寄与できるには足らない。なぜなら福島第一原発事故による被曝を避ける上で重要な情報は、政府によって住民に隠されたという事実がある。そして3年余に渡って年間空間放射線量1ミリシーベルト以上の地域で暮らしていくことを受忍することを仕向けていく政治が続いている。

 2011年3月11日以降、私は礼拝説教で、政府・行政が市民のいのち、暮らしを軽視する現実のあることを踏まえて、市民が自らいのちと暮らしを守る意識を持つことの大切さ、政治の動きに関心を持ち必要な場合は声を上げ街頭に出ていく大切さを語るようにしています。

現政権権力者も積極的平和主義、国民の命と暮らしを守るということばを使う。武力によってそれを実現しようとするちからの信奉者と私たちが同じ言葉を使っている、で終っていてはいけない。私たちのいのちと暮らしを守るイエスから示されるメッセージを求め語っていかねばと思います。


b.いのちてんでんこ・自分たちのいのちとくらしは自分たちで守っていく、守っていける社会を作ろうとの思いを共有する教会を作っていきたい。教会員は選挙等によって国政に参加していく責任を分かち合い、周りの方がたにいろいろな方法で発信する。

 

c.「本当の個人主義」は自分と隣人を愛する愛にまで深まり、誰もが幸福を実感できる社会、共同体を生み出すが、教会において、自分の身近な場において、まず「本当の個人主義」を育て合い、深め合い、分かち合い、広げていく。


一個人としてできること。

a.私のメッセージを、直接お会いできない方にも聞いていただきたいと考えて、当JMFホームページ、2013年からフェイスブック、2014年からは教会ホームページを使って、国政へ関心を持つことを促す、選挙に行く促しになるような発信をしている。


b.ヒロシマはなぜ起きたのか、を学び続ける。三度目の核兵器の使用は起こさないために、被爆者証言の継承に取り組んでいる。この取組みの中で分かってきたのは、敗戦後に憲法で市民にゆるされた国民主権を大切に行使していく「良き市民」が育っていくことが大変重要なこと。やがて担当する被爆証言では、「良き市民」が育つことを願って、被爆者からのメッセージを柱にて、これに加えて聞き手が政治に関心を持つようになる「種」を入れた被爆証言活動に取り組みたい。

世界で初めて放射線で人間を殺すことのできる大量破壊兵器・核兵器が作られ、保有されている。この非人道兵器を告発し廃絶する運動に参加していく。


c.国・公がつくことばが使われる時には、たとえば、国益、国家、公益など、本当に国民を第一に大切にしているのかをよおく吟味する。


d.特定秘密保護法、原発再稼働、憲法改正に反対する。


 現在の日本の社会状況の中にイエスならば何を見つめて動かれるだろうか、そのイエスを私が継承するということを念頭に書かせていただきました。お読みくださる方がいますことは私にとって大きな励みです、ありがとうございました。

(2014.6.12記)


以上

第13信「福島原発事故被曝者診療支援報告」

 福島原発事故被曝により健康をそこなっている方からの申出を受けて、広島の専門医による診察支援を行っている「ジュノーの会」への協力を、みなさまのお祈りと献金に支えられて継続できておりますことを感謝申し上げます。2013年度に私が「ジュノーの会」に協力できたことについて報告させていただきます。


2013年度に私ができたことは全国各地に自主避難した方々が体調不良になり、長年被爆者治療に携わっている専門医による診察を希望して来広した際の受診に立ち会うこと、受診者とジュノーの会の打合せ会に参加すること、受診者に放射性物質を体外に出すのに有効な「梅、味噌、ドクダミ茶、特別な入浴剤」の物資をお送りすることでした。


受診者は、福島県内、東京、横浜、千葉から、広島県内、岡山、高松、鹿児島に自主避難または移住された、子どもを含むのべ26人(8回受診実施)でした。訴えられている症状は、鼻血、下痢、のどの痛み、倦怠、物忘れ、不眠、心臓の痛み、疲れ易い、記憶障害、抑うつ、甲状腺に関することなどでした。診察ではからだがどんな状態になっているか、体内に入っている放射性物質の影響を調べる検査とこれに対応する貼薬を施すこと、生活全般への助言が行われます。みなさんからの献金によるJMF予算からの支出は打合せ会の茶菓代、物資購入・送料代として32,056円でした。

 


原発事故から4年目に入る2014年度には福島県在住者、全国各地の移住者から受診の希望が増加すると予想されます。私はJMFの活動として、「ジュノーの会」による福島原発事故被曝者診療支援への協力を続けていきたいと思っております。今後とも関心を注いでいただきこの活動を支えていただければ幸いです。どうぞよろしくお願い申し上げます。


それにしてもこの3年間、福島原発事故によって強制避難を余儀なくされた方々、福島県内外居住者で自主避難された方々、事故収束に従事する人々は過酷な生活を強いられています。ここに見られること、それは政府にとっては住民のいのちとくらしは軽いのだいうことです。たとえばこどもを避難させる際の空間放射線量をどう判断するかということでは、原発事故前は年間1ミリシーベルト以上は健康上被曝させてはならないと国は決めていたのに、被爆後は年間20ミリまではただちに健康に影響なしとしました。現在では20ミリまでなら帰還できるとされ、帰還しない者への補償はなくなることになりました。私は国に都合の良い「安全神話」が蔓延し強制されていくことを恐れます。今全国に1ミリシーベルトを超える地域が放置され、そこに多くの子どもたちと市民が住んでいる、これは国による棄民政策ではないでしょうか。受忍すべきことではないと感じた人の中から自主避難が起こったことは当然だと思います。私たちが守るべきものは何なのでしょうか。


原発は差別の構造で成り立っています。辺境の地方に建設され、人口の多い所には危険だから作らないとされています。原発で働く人々の仕事従事場は、安全が確保されたところに電力会社社員、危険な作業をせねばならない所に向って、元請け、一次下請け、二次と続き、最後は日雇いの人々、賃金も安全の担保もこの順に軽くなっていきます。人間のいのちとくらしの差別が当たり前になっている原発、これを私たちはいったいいつまで続けるのか。著しく人間性が欠けた原発は人道に反するのではないでしょうか。おまけに安全に処理できない廃棄物は溜まり続けています、次世代への犯罪ではないでしょうか。


私は、原発について学びながら、現在健康不安を抱えて広島に来られる人たちを迎える働きを、JMFに繋がるみなさまに支えていただきながら続けます。重ねて今後とも

関心を注いでいただき支えてくださいますようお願い申し上げます。


以上

第12信「私の仕事、被爆者の思いを伝える」

 2014年が始まりました。読者のみなさまお元気に新しい年を始められましたか。神さまの恵みを日々受けてお健やかに歩まれる一年でありますようにお祈りいたします。
 私の仕事には、被爆者がお話しくださったことを、子どもたち、大人たちに伝えていくことがあります。私たち市民が戦争ではなく平和の種を蒔く歩みを続ける上で、被爆者のメッセージは、私たちの「動機」を励まし「歩む方向」に示唆を与えていると私は感じています。今回の「ひろしまからの風」では、私が子どもたちに伝える際に用意した原稿のひとつを紹介させていただきます。読者の近くのお子さんにも読んでいただければ嬉しいです。

 

「ピカ・ドン」と被爆者はあの原子爆弾を表現しました。1945年8月6日午前8時15分に被爆者の眼と耳がとらえた原子爆弾です。
その原爆を経験した被爆者からお聞きしたことをみなさんにお伝えします。私はふたつの「なぜ」についてみなさんともに考えることをとおして、お伝えしようと思います。

 まず一つ目の「なぜ」です。
なぜ、ひろしまとながさきに原爆は落とされたのでしょうか。
それは日本とアメリカが戦争をしていたからです。戦争をしていなかったら、原爆は落とされませんでした。その戦争について振り返ってみましょう。
 広島と長崎へ原爆が投下される原因となった戦争、それはまず日本と中国の間での戦争です。
あのころ、日本のあるアジアという地域の国々は、アメリカやイギリス、スペイン、オランダ他の強い国々によって植民地にされました。不平等な約束をさせられて貴重な資源や土地、労働力などを奪われ、工業製品を買わされるようになっていました。
 小さな島国日本も国のちからを強くするために資源が欲しかった、そこで日本はまず中国の北東部を植民地にしようと考えて軍隊を派遣して攻め込みその地域を日本のものにしました。原爆投下の14年前、日本軍は満州事変という戦いを起こして、中国のなかに日本のために都合の良い満州国を作りました。日本からたくさんの農民を移住させて中国人の土地を奪うようにして満州国は作られていきました。しかし中国人も黙っていません、激しく抵抗しました。とうとう原爆投下の8年前、日本軍は中国と全面戦争状態に入りました。
アメリカやイギリスは日本の支配する地域が広がると自分たちの利益になりませんから、中国の味方をして、日本に対していろいろな手段を使って日本たたきを始めました。日本は石油を輸入する貿易などの点で苦しくなり、何とかして自分の利益を守ろうとして、とうとうアメリカとも戦争することに決めました、日本軍は1941年12月8日にハワイの真珠湾にいたアメリカ軍への奇襲攻撃をしました。原爆投下の4年前です。こうして日本は中国とだけではなくアメリカとも戦争を始めたのです。日本は、アジアの国々を戦場にして中国、アメリカ、イギリスなどの国との戦争を続けたのです。 そしてアメリカは広島と長崎に原爆を使いました。


 二つ目の「なぜ」は、被爆者は思い出すのもつらい自分の原爆体験を「なぜ」みなさんに伝えようとしているのでしょうか。
 一つ目の理由は原爆が人間の頭の上で爆発したときの直接体験を話すことのできる人間は、世界中で広島と長崎で生き残った被爆者しかいないから。被爆者は、原爆が爆発するとまず放射線が放出された、そして「ピカ」と光って、そのひかりは人を殺すことのできる恐ろしいものすごい高い熱をもった熱線だったことを、みなさんに伝えたいのです。原爆の爆発によって、人間の体は放射線を受けて体を作っている細胞が壊されてやがて死に至る、高い熱に体の表面の皮膚だけではなく体の内部までやけどをして死ぬことが起こりました。
それだけではありません。さらには、原爆の爆発は「ドーン」という音ともに、爆心地付近では1秒間に進む速さがなんと440メートル、爆心から2キロメートルでは60メートルであったという「強い強い風」(衝撃波)であったことを伝えたいのです。この「風」によって爆心地から半径2キロメートル以内の家、建物はめちゃめちゃに壊されました。中にいた人は下敷きになりました、中に取り残されてしまいました、そして壊された家からは火が出て広島の町は大火事になってしまい、下敷きになって身動きできずにいた人間は逃げ切れずに生きたまま焼かれて死んでしまいました。この原爆による「放射線」「熱線」「爆風」の体験を被爆者は伝えたいのです。
 二つ目の理由は、被爆者は分かったのです。私たち国民がふだんから、戦争が起きないように、核兵器をなくすように、声を出し行動することがどんなに大切なことであるかということを、戦争を体験して被爆体験してよく分かったのです。平和は国民が自ら作りだすもの、平和は国民が自ら守っていくもの。ふだんから戦争をしない、核兵器をなくす、そういう世界をみんなで作っていく努力をすることの大切さが分かったので、そのことをみなさんに伝えたいのです。


原爆が落とされた時、女学生だった出江(いずえ)広子さんの「ピカ」「ドン」の体験を聞いてください。
このころ子どもたちは、勉強どころではなくなっていました。戦争を続けようとする日本政府の命令によっておとなも子どもいろいろな仕事を割り当てられており、女学生は軍需工場他の工場、事業所の仕事をしました。また建物疎開の仕事もさせられました。建物疎開というのは、空襲によって火事が広がってしまい、町全体が燃えるのを防ぐために、たくさんの家を壊してはばの広い長い道路のような空き地を作る、そして、その後片付けをする仕事です。

8月6日、広島はよく晴れた月曜日でした。出江さんは13歳、妹さんは12歳の女学生、二人はそろって家を出ました。出江さんは爆心地から2.4キロメートルのところにある学徒動員先の安芸印刷所へ、妹さんはざこば町での建物疎開。
 8時15分・出江さんは建物のかげになっている空地で朝礼中、生徒たちはきちんと整列をしていました、まさにそのとき、 「ピカッ」強烈な閃光(せんこう)、オレンジ色の光がそこらへんいっぱいになったようでした。
 出江さんは爆心地から2.4キロ離れていたこと、引率教員が日ざしをさけて建物のかげに生徒を導き朝礼をしていたことで直接熱線を受けなかったことが幸運でした、やけどをすることはありませんでした。もしまともに熱線を受けていたらどうなったか。爆心から600メートルでは2000度の熱線が届き、爆心から1200メートルで熱線を浴びた人は皮膚の内部までやけどしたと言われています。 たとえ一瞬でもこの熱い熱線が当たったら、出江さんの体はどうなるでしょう、大やけどです。

出江さんは幸運だった。でもその時刻、1歳年下の12歳の妹さんは爆心地から近いざこば町にある屋外での建物疎開作業中です、ピカッ・放射線と熱線、ドン・爆風を遮ってくれるものはなかった。爆心から1キロメートルでは爆風の早さは160メートル/毎秒だったと言われています、台風の4倍です、人間の体は吹き飛ばされるでしょう。出江さんの妹さんの体はどうなってしまったのか、どこでどんな様子で亡くなったのか、いまも分かっていません。

被爆者は「自分らと同じ体験を他の人に、子どもたちにさせてなるものか。」と立ち上がり、情熱をもって、自分の被爆体験を語り伝えてこられました。

被爆者は人間には恐ろしい面があると思っています。原爆が落ちる原因である戦争を起こしたのは人間、戦争が起きることを止められなかったのも人間、その戦争に協力したのも人間、原爆を莫大なお金を使って製造し、生きている市民の頭の上に落としたのも人間。この恐ろしいことをする人間の中にはここにいる私たちみんなも入っているのです。私たち人間はあやまちを繰り返す可能性がある。だからまた私たちは戦争を始め、原爆を、核兵器を、戦争で使うかもしれない、被爆者はそのことを分かって「自分たちと同じ原爆体験を他の人に子どもたちにさせてなるものか、核兵器を使ったらどんなに恐ろしいことになるかを伝えねばならない、私たち市民が戦争を起こさせないようにし、世界中の核兵器をなくそう。」と立ち上がっているのです。

私たちと私たちの国日本が、他の国の人たちとお互いに理解し合い認め合って、争いを話し合いで解決できるようになりたいですね。私たちは他の国の人たちと仲良くしていくにはどうすればいいかを考えて実行していく子どもたち、おとなになっていきたいです。

最後に、みなさんへ被爆者からのメッセージです。
 「人間は争いを戦争でなく話し合うことで解決することができます
核兵器を作った人間は核兵器をなくすことができます、
 人間の持つ可能性に希望を持ちましょう。」
というメッセージをお伝えして、私が被爆者からお聞きしたことのお話を終ります。

以上

第11信「ひろしま開催平和セミナー」

Hiroshima Report No.11 “Hiroshima Peace Seminar”

 第7回「メノナイト」と「ヒロシマ」に集い合うセミナーを9月14日、15日に広島教会礼拝堂アデルフォイで開催しました。テーマは「自分たちのいのちとくらしを自分たちでまもる」―いのちを軽視する動きのなかでの預言者的実践―でした。セミナーでどんなことが分かち合われたかを報告させていただきます。

We held the 7th Seminar for gathering ‘Mennonite’ and ‘Hiroshima’ in the chapel, Aderphoi, of Hiroshima Mennonite Church on September 14~15, 2014. The theme was ‘we keep our life and living’ ……that is practice of prophesying it in the political movement to down play a life. I want to report that what kind of things were shared by a seminar.


 参加者は、東京地区メノナイト教会連合(TAFMC)方南町教会1名、日本キリスト兄弟団滝部伝道所1名、教会会議霧島兄弟団1名、宮崎南教会1名、広島教会 6名、一般2名計12名でした。
The participant was 12 people and one from Honancho church of Tokyo Area Federation of Mennonite Churches, one from Takibe church of Japan Brethren in Christ, one from Kirishima Brethren church of Japan Mennonite Church Conference, one from Miyazaki church, six from Hiroshima church and two from non -church members.

まず、私たちの生活の場を見つめようとして、いのちを軽視する動き、いのちを大切にする取組みを視点にして自由に意見を出し合いました。次のような意見がありました。
At first to share at the place of our life and we exchanged opinions with each other about viewpoint of the action to value a life and movement to down play a life freely.
 There were the following opinions.

○いのちが軽視されている動きについて
・福島原発事故に関して、政府と東電の被災者に対する施策
・わたしたち労働者の賃金が低い
・その人が背負わされた重荷がその人だけに戻されている、加害の側にある政府、企業が責任を果たそうとしない、谷中村鉱毒事件、水俣病事件から変わらない構造が現在まで続いている。

About the political developments that our life is down played.
・The measure for the victims of Japanese government and Tokyo electric power company about the Fukushima nuclear plant accident.
・The wage of Japanese worker is low.
・A heavy load had us carry is had only us carry. A certain government and company are not going to achieve responsibility near doing damage to.
 Structure not to change since so-called Yanaka-Mura mineral pollution case, and a Minamata disease case continue to date.


○いのちを大切にする取組みについて
・教会のコミュニティーに実感
・いま教会の仲間である若者が職業の選択をしている。彼の選択を通して共に学んでいきたい。このセミナーで各地からの参加者と交流できることは喜び。
・「みことばを宣べ伝えよ」は相手を改心させることなのだろうか、相手が自分と他者の生きることを肯定できるようになることではないか。私たちの行為そのものがみことばを宣べ伝える。この行為が信仰をこえて世界中の人の心をとらえる。
・コミュニティーの内実、信仰共同体の内実。これを深めていく。企業人としても自分の職場に神の国を実現したい。同僚が自分を肯定できる、それから自らも神の国を作っていけるように。
・地方で信仰者の記録を残していく。その存在そのものが大切。自分は1年の間にお二人くらいの葬儀を司式する。この方々と生前に交流し共有する部分を増やしたい。
・家庭でも教会でも人とのつながりの中でそれぞれの賜物を生かし合いたい。
・2011年3月11日、東北のある町では「いのちてんでんこ」の共有と実践があった。これに学びたい。
・教会のなかで霊的なものを育てる。
・共に静まり、共に祈ることのなかで育つなにかを待つ、認める。
・「説教準備会」「聖書研究会」が分かち合いを経て説教のことばになっていく。
・教会が、教会員の抱えていることを個人的な解決に返すことではなく、教会のこととして取り組めないか。たとえば、若者の雇用の場を作る、高齢者の共同生活ホームを作る、結婚のための出会いの場を作るなど。

About an action to value our life.
・We fully realize that we belong to our church community.
・The youth with the church member chooses an occupation now. And we want to learn it with him through the choice of his occupation. As for us, taste fit participant from each place for the joy that can interchange through this seminar.
・I think that it is not to reform the other person to preach the “Words of God”. It will be able to answer in the affirmative that we live with the other person together.
 And our action itself is preaching the Words of God to the people in the world. Our act captures the heart of world people across our faith.


・We deepen the fact of the community and the fact of the faith community. We want to realize a God’s Kingdom as a man of business in our workplace, and our do-worker affirms oneself and we want him/her to make God’s Kingdom with the power.

・We want to leave the record of the persons of faith in the countryside. And our existence itself is important. I conduct the funeral service approximately two times a year now. Therefore I want to increase parts interchanging with these people during their life time and share.


・We want to make use of each gift in the connection with the people at both the home and the church.
・They had joint ownership and practice of “Inochi Tendenko” in a certain town of Tohoku district, eastern Japan on March 11, 2011. We want to learn about “Inochi Tendenko”, which means ‘keep one’s life by oneself’ as a disaster prevention term in the area of Tohoku.
・We bring up a spiritual thing in a church.
・We became quiet together and have something growing up in praying together. And we recognized it.
・The words of sermon become through the sharing of ‘sermon preparation meeting’ and ‘Bible study’.
・I think that we should wrestle as a thing of the whole member of church without a church handling the problem that the member of church has as a personal thing.
 For example, making a work place of the employment of the youth or making the cohabitation home of the elderly person or making the place of the encounter for marriage of the youths.
 The talks of the participants advanced based on these opinions and were collected in the following contents.


これらの意見をもとにして参加者の話し合いが進み、次の様な内容にまとまっていきました。


 私たちは周りの方、家族、教会、地域社会、国、国と国の関係において次のことが実現することを望んでいる。
・そのひとりの人間が周りの者から存在することを認められている。
・そのひとりの人間が周りの者から必要とされている。
・だれひとり存在することに意味のない人間はいない。

We expect that next realizes it in the relations with the people of the circumference, a family, a church, a community, a country, a country and the other country.
・One individual is admitted his or her existing by the person of the circumference.
・One individual is required from the person of the circumference.
・There is not the nonsense individual in anyone existing.

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 私にとって第7回となった本セミナーは終ってみると、なぜ私たちがセミナーを開催して学び合うのかという「動機」に係ることを確かめる内容になりました。
When the seminar that became the seventh was over, it became content to check concerning with “motivation” that why we held a seminar and we learned together for me.

私たちが望んでいるのは、ひとりひとりが必要とされ、その存在が尊ばれ手厚い支援を受けることができるということです。私たちはこの思いが共有され実践されている家庭、教会、社会、国を望んでいます。だから、この社会の動きに、できごとに大きな疑問を感じています。つまり、現実には市民が棄民になっている、市民のいのちとくらしが軽んじられていると怒りを感じることが多々あるからです。ヒロシマ、ナガサキ、オキナワ、ミナマタ、フクシマ・・・。いま、日本の各地で私たちの身辺で、自分の存在が認められていること、自分が必要とされていることを実感できずにいる人がいるではありませんか。

As for our wish, an each person’s individual is required and the existence is respected and is that utmost support is received. We expect to a family, a church, a community and the country which these thoughts are shared and are practiced. Therefore I have a big question in for these social movements and incidents. In other words this is because many citizens really become abandoned people that are poor people separated by national protection. I anger in a civic life and living being made light of. Don’t forget Hiroshima and Nagasaki of atom bombs, Okinawa of US military base, Minamata of public pollution, and Fukushima of nuclear plant accident…!! These are persons who cannot realize accepting their existence and cannot make oneself believe that I am required in our circumference and each place of Japan.


 そして重要なことは、私たち自身が自分の内に棄民を産み出すもの抱えており、ある場合には実際に手を染めている側にいるという事実、にもかかわらず生かされて教会の一員となり、地の塩でありたいという願いを与えられているという幸い。私たちはこの「ゆるし」に在りて、すこしでも自分たちに示されている願いを実現するように、今とこれからを生きていきたいと思います。この願いが神のみこころでありますように。

And it is that we hold a thing create abandoned people inside of oneself to be important. In addition, there is the fact that we are really on the attacker side when there is it. Nevertheless, it is kept alive to us and becomes the member of the church, and we are happy because we are given a wish that it wants to be the salt for all mankind. We want to live from now on to realize “the wish” provided to us in this “forgiveness” even a little. May our wish be God’s Will!


このセミナーの準備の最中、私はこのセミナーは昨今の政治が国民のいのちとくらしを軽んじ守ろうとしていない現状を述べ合い、イエスの弟子、イエスの教会はこの世の預言者としてこのことを批判し、同時に私たちのいのちとくらしを自分で守るこころざしを参加者と共有するセミナーになればと考えていました。結果はこのことを含めてさらに豊かで深くなったと思います。わたしにとって、なぜ「預言者になるか」「どうしたいのか」に対する「動機と目標」を深く示される話し合いになりました。

I thought about the following things during the preparations for this seminar. As for it, we wanted to discuss the present conditions that the politics of these days make light of life and the living of nation by this seminar and was not going to follow. And we disciple of Jesus and church of Jesus should naturally criticize such an unreasonableness as a foreteller of the world, and at the same time I thought that it became the seminar to share an intention to keep our life and the living by oneself with participants. I think that it is richer, and the result of the seminar was deepened including this. As for me, it became the discussion shown my motivation and object to my asking “why do I become a prophet?” or “how do I want to have it?”.

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同世代と将来この国に生まれる世代というふたりの隣人を持つ私たちは、そのなかでもとりわけ立場の弱い隣人から期待を受けて生活をしている者同士です。その隣人から私たちが聞きとった願いを、「いま」「ここで」私たち流のやりかたで実現していきたいものです。
 私はこの思いでこれからも読者のみなさんに発信していきたいと思います。 お読みくださりありがとうございました。

We have two neighbors to the present same generation and a generation born in this country in the future. And we are fellow persons receiving expectation from the weak neighbors of the situation, in particular. We want to realize the wish hearing from the neighbors in the way of our style “here” and “now”. I want to send it to readers in this thought from now on.
 Thank you very much for your reading.

以上

〔Written by Tadayuki Ishiya of Hiroshima Mennonite church pastor〕
 〔Translated by Takanori Sasaki of JMF chair〕

第10信「緊急!福島原発事故被災者を支援する法律はどうなるのか」

Hiroshima Report No.10. “It’s urgency! How does the law to support Fukushima nuclear plant accident victims turn out?”

 この夏の読書『谷中村滅亡史』(荒畑寒村著、岩波文庫180頁)には時間をかけました、いや正しくは読んでは休み、休んでは読むという読書になりました。理由は二つ。ひとつは内容が国民の側からは直視するのがつらい醜い政府の姿を告発する内容であること、二つ目には私が訪ねたことのある、宮崎県高千穂土呂久で起きた亜ヒ酸中毒事件、熊本県水俣市の水俣病事件が同じ構造を持つ事件として思い返されたからでした。


I took time for reading of this time in “the Yanaka village extinction history” (written by Arahata Kanson, page 180 in the Iwanami Library). It was reading for me to read or take a rest, and I took a rest or read again after all. It had two reasons for me. One is to accuse a figure of the ugly government where it is hard that the contents look straight from the side of Japanese people. Because it was considered as the arsenical poisoning case that took place in Takachiho Toroku, Miyazaki prefecture which I had visited to the second and a case to have structure same as Minamata disease of Minamata city in Kumamoto prefecture.
 ※Minamata disease, sometimes referred to Chisso Minamata disease, is a neurological syndrome caused by severe mercury poisoning. It was first discovered in 1956. It was caused by the release of methyl mercury in the industrial wastewater from Chisso Corporation’s chemical factory, which continued from 1932 to 1968.


 事件と呼ぶのは加害者と被害者がいるからであり三つの事件には共通点があります。被害者が東京からは離れた地方に住む住民であること、そして救済を求めた被害者を長期にわたって苦しめたのは企業・政府であること、さらに住民の訴えから始まる両者間の争議、終結までの経緯が共通しているのです。

The reasons why I call these cases are that there are an assailant and a victim. These cases include a common point. The victims are to be countryside away from capital Tokyo of Japan. And it is to be big companies and government to have tormented the victims who demanded relief for a long time. Furthermore, the process from the suit of inhabitants to a dispute to begin and end is common.


『谷中村滅亡史』の著者は、栃木県足尾銅山鉱毒事件によって生活の場を奪われていった村民と村民に最後まで寄り添った田中正造に対する、政府・地方行政と銅山経営企業による癒着・足尾銅山ムラの形成、そして不作為と作為による弾圧、棄民、責任回避の過程を告発しています。最後、政府は法律によって貯水池を築造し谷中村を水の中に沈めてしまいました。谷中村、水俣、土呂久の住民のいのちとくらしを政府と企業は軽視した、このことが最大の共通点です。
  私は『谷中村滅亡史』には現在行われていること、将来のことを読み解くメッセージがあると感じています。

The author of “the history of Yanaka village extinction” accused a process of their slackness with the central government, a local government and a copper management company that they concealed Ashio Copper Mine pollution incident, and formed Ashio Copper Mine Mura and oppressed the inhabitants and abandoned people by inaction or artificially confronting Tanaka Shozo which snuggled up to the villagers who had been deprived of a place of the life by Ashio copper mine mineral pollution case till the last.
 ※Ashio Copper Mine pollution incident was the pollution case of the Ashio Copper Mine which rose around the Watarase river of Tochigi prefecture and the Gunma prefecture from the 19th century. And the toxic substances such as smoke, mineral pollution gas, and mineral pollution water brought remarkable influence by the development of the mine in neighboring environment, and dead persons appeared, and damaged spread through cultivation things and the fields. ※Tanaka Shozo (1841 ~ 1913) was a Japanese politician and social activist. He is considered a hero for his actions revolving around the Ashio Mine Pollution incident. Starting from the mid- 1880s, the mine became highly polluted and in 1890 a large flood carried poisons from the mine to surrounding areas. Tanaka took his cause to the National Diet but his efforts met with little success. ※Mura means non-uniformity or surface irregularity.
 It is ridicule or a term to call with criticism a special social group comprised by the authorized person concerned of a big company, a government, and a university conclude by a right over the mine development and a relationship.

 In March, 1906, the Tochigi prefecture authorities decided Yanaka village for forced abolishment of a village by mergence. In January, 1907, the Japanese government announced the application of the Land expropriation Act in the Yanaka village. On July21, 1908, the government did whole Yanaka village in the river area. And the government constructed a large reservoir by a law and has sunk Yanaka village in water after all.

 It is the biggest common point that the Japanese government and large enterprises downplayed a life and the living of inhabitants of Yanaka village, Minamata, and Toroku. I feel there is a message being performed now and about the future in “history of Yanaka village extinction”.


このたび8月30日、待ちわびていた「原発事故子ども・被災者生活支援法」※1の基本的な方針案が復興庁から示されました。詳細は「復興庁ホームページ新着情報8月30日」※2をご覧ください。

A basic guidance of “the living support law for children and the victims of a nuclear plant accident” that we waited impatiently for on August 30, 2013 was shown from the revival agency. The details look at “What’s New August 30 of the revival agency homepage”.

 

支援法は当初(昨年6月)、支援の対象者は放射線量を基準にして決めることになっていましたが、復興庁が8月30日に示した案では「支援対象地域」は、年間積算線量が20ミリシーベルトに達する恐れがある地域と連続しながら、20ミリシーベルトは下回るが相当な線量がある福島原発周辺近くの33市町村の住民に限定されています。この地域住民でない者で支援の必要な方に対しては、「準じる者」として支援施策ごとに「準支援対象地域」を定めて支援するとしています。そして肝心の支援策の中身については、いまだに大項目的で実際に被災者の必要を満たすにはこれから丁寧に被災者の声を聞いて詳細にしていくことが必要と思われます。

As for this support law, the person targeted for support at first (June, 2012) was to select a radiation dose as a standard regardless for a residence district. However, “the support area for” is limited to 33 cities, towns, and villagers close to around Fukushima nuclear power generation is accord with next conditions for the plan that a revival agency showed on august 30, 2013. The conditions as follows: the one is the area that might reach annual multiplication dose of radioactivity 20SV. The second is 20SV is less while continuing, but is the area with appropriate dose of radioactivity near the Fukushima Daiichi nuclear power generation. It is a custom that the thing needing support in the inhabitants except these areas establishes “an associate support area for” every support measure as “a person to follow” and supports it. And the contents of important aid package are like general rules, and the concrete mark is not shown. It is necessary to listen to the voices of the victims well, and to do it concretely to really meet the need of the victims.


私はこの案で示された「支援対象地域」には大きな問題があると思います。現在全国では上記33市町村の地域住民だけではなく、福島県内・外に多くの市民が被曝を恐れながら居住し、または避難し、移住をしています。理由は、自分の住む場所が原発事故前の許容値年間空間被曝線量1ミリシーベルトを超えているから、あるいは1ミリ未満でも実際にこどもに大人に体調不良が現れてきたから、あるいはいつ終息するかわからない放射性物質の放出に危険を感じているなど・・・。福島原発事故が原因になって以前よりも高い放射線量の中で居住する人々、職場、学校、生活の場を変更した人々はとてもではないが33市町村住民にとどまらないのです。33市町村民でなければ支援対象者ではなく準支援対象者である、しかしこれは復興庁が準支援対象地域をどう決めるかにかかってきます。
I think that there are big problems in “the support area for” provided for this plan of the government. Living in the whole country as well as the local inhabitants of these 33 municipalities while being afraid of much radiation exposure in and outside of the Fukushima prefecture, or evacuate, or emigrate now. The reason is because the place where they live in is beyond space radiation exposure dose of radioactivity 1mSV in the permission level year before the nuclear plant accident. Or even less than 1mSV are because a child and adult really showed poor physical condition. Furthermore, they feel ganger for radiological release not to know when it ends. There are people to live in a high radiation dose for Fukushima nuclear plant accident than before. In addition, there are people who changed the workplace, a school, and the place of the life under the influence of a radiation does. And the people needing support in this way do not limited to 33 municipalities. It is people called so-called people targeted for associate support that I bring into question. However, to our regret, it costs this how a revival agency decides an associate support area for.

私は心から心配しています。福島原発事故被曝被災者の健康面を支援するジュノー会の働きに参加して、私が知ることになった関東各県から京都、岡山、広島、沖縄に避難している方、移住した方は、復興庁案では支援対象者にはならないのです、準支援対象者扱いとされた場合でも本人たちが必要としている支援を受け取ることができるのだろうか、と。
I worry about them heartily. I participate in the function of “the Junod” supporting their health of Fukushima nuclear plant accident’s victims, and for an immigrant evacuating to Kyoto, Okayama, Hiroshima, and Okinawa from each Kanto prefecture which I could know, do not become targeted for support in the revival agency plan. May they receive the support that they need when they are performed “family handling targeted for associate support” of?

「復興庁の基本方針案」では、昨年6月に決まった「原発事故子ども・被災者生活支援法」の理念では救済されるはずであった人々が「非被災者」になるのではないか。広島の原爆被曝では、同じように被曝に起因すると思われる病気を発症しながら、医療支援を受けている被爆者健康手帳を所持する被爆者と認定から外された「非ヒバクシャ」が存在します。私には、政府は支援対象者をできるだけ少なくしようとしている、少なく小さくすることで自分たちの負う責任も小さくしようとしている、と思ってしまう復興庁案なのです。
The people who should be relieved with the idea of “the child, victim’s support law by the nuclear plant accident” by “the basic policy plan of revival agency” which government decided in June, 2012 may become “the non-victim”. Because there are people who have a disease due to radiation exposure develops in the atom bomb radiation exposure of Hiroshima and is authorized as “an A-bomb victim2, and receives the publication of “the A-bomb victim health record book”. On the other hand, there are people who are not authorized as “a no-A bomb victim” while being caused by atom bomb radiation exposure obviously. The government minimizes a person target for support, and I think that the responsibility that they bear is going to lower it.

 

谷中村、水俣、土呂久では住民のいのちとくらしが政府と企業によって軽んじられました。福島原発事故被曝被災者にそのことが再現されないように私たちは「原発事故子ども・被災者生活支援法」の今後の推移を注視していきたいと思います。

The inhabitants of Yanaka village, Minamata, and Toroku were look down upon their lives and living by the government and large corporation. We must watch a trend of the government so that such a thing does not happen to victims for Fukushima nuclear accident again. We in particular must watch the change of “the children and victims’ support law by the nuclear plant accident” carefully.

 

同世代と次の世代というふたりの隣人を持つ私たちは、その隣人から、とりわけ立場の弱い隣人から私たちが聞きとった願いを、「いま」「ここで」私たち流のやりかたで実現していきたいものです。
 私はこの思いでこれからも読者のみなさんに発信していきたいと思います。
  お読みくださりありがとうございました。

We want to come true in the way of us style which the wish that we learned from our generation and the next generation, “now” and “here”, especially from a neighbor having weak situation. I want to send it to readers in this thought from now on. Thank you very much for reading.

2013年8月6日の夕べ 原爆ドームに集う人たち People are gathering in front of the A-Bomb Dome in Hiroshima in the evening of August 6, 2013.

2013年8月6日の夕べ 原爆ドームに集う人たち
People are gathering in front of the A-Bomb Dome in Hiroshima in the evening of August 6, 2013.

※1「原発事故子ども・被災者生活支援法」は正式には「東京電力原子力事故により被災した子どもをはじめとする住民等の生活を守り支えるための被災者の生活支援等に関する施策の推進に関する法律」(2012年6月27日法律第48号)であり、支援対象者は一定の基準以上の放射線量が計測される地域に居住し、又は居住していた者及び政府による避難に係る指示により避難を余議なくされている者並びにこれらに準ずる者(以下「被災者」という。)が~ 略 ~。となっています。このたびの復興庁の案により、一定の基準以上の放射線量をいくらにするかということを政府は決めないことが示されたと言えます。
※2ホームページに「基本的な方針案」に対する意見募集がされています。不明な点、意見などを政府に直接伝えることができます。締め切りは2013年9月13日。
  私は支援の対象者について意見を伝えようと思います。

以上

〔Written by Tdayuki Ishiya of Hiroshima Mennonite Church pastor 〕
 〔Translated by Takanori Sasaki of JMF chair〕

第9信「国境と宗教をこえて分かち合いたいこと」

Hiroshima Report No.9 “Sharing more than a border and a religion”

 7月に入りました。広島は梅雨らしい高温多湿の日々です。みなさまのところはいかがでしょうか。小中学校の修学旅行の行われる主な時期は春から夏にかけてなのでしょうか、平和公園には連日、全国からたくさんの子どもたちが訪れています。海外からの旅行客も多いです。歴史に学ぼうとするその様子に励まされます。

It is the beginning of July, and here in Hiroshima is days of high temperature and humidity like the rainy season. How about your places? It is also the time of the school trip during the spring and summer. Many primary and secondary students visit the Peace Park the day after the day from the whole country Japan. And there are many travelers from foreign countries too. Most visitors come over to learn the history of Hiroshima. I am encouraged in their challenge spirit.

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 さて、私たちの教会は6月に北米から来られたクリスチャンのみなさんと礼拝をともにいたしました。今回はその時の私のメッセージを紹介させていただきます。

Well we had our worship with Christians from North America in June. This time I want to introduce my message or sermon of the time to you.

 

イエスの弟子でありたいと望んでいる、米国と日本で生活する私たちが共有したい三つのことを、私は語りたいと思います。このことはひごろから私が広島教会で語らせていただいていることです。

私はシモーヌヴェイユという方の残した言葉に強く共感しています。

『わたしがある人の心が神の愛の火を通り抜けたかどうかを見分けるのは、その人が神について語るかによってではなく、その人が地上のものごとをどう語るかによってです』

私はこの言葉には、語るだけではなくて地上のものごとにどう取り組むかということが含まれていると思います。なぜ私が共感するか、それは、イエスは、神が人間一人ひとりを大切にしていることを、神の人間に対する愛を、2000年ほど前のユダヤの地で起こっていた地上のものごとにおいて語り、取り組むことを通して、明らかにしたと思っているからです。

I want to tell you about the three kinds of sharing with living both America and Japan that wanting been the disciple of Jesus. I preach this theme at the Hiroshima Mennonite church for a long time. I strongly sympathize with the words that Simone Weil. “Distinguish whether the heart of a certain person went through the fire of the love of God does not talk about God, but how talk about earthly things”.
※Simone Weil (1909-1943) was a French philosopher, Christian mystic, and political activist. I think including not only talk about God, but how to wrestle with the earthly things in these words. When it is said why I sympathize with her words, Jesus talked about the earthly things in the Jewish land approximately 2000 years ago, and this is because it clarified the Gospel by wrestling in them.


イエスが語ったこと、取り組んだことを一箇所読んでみます。

ルカによる福音書19章1節~9節。

「この人もアブラハムの子なのだから」というイエスの宣言を私たちの人間を見つめる眼の中心に据えましょう。私たち一人一人には、自分はアブラハムの子、神に愛された神の子であるという平安がありますが、神に愛されている神の子であるのは、私たちだけではなくて、私たちの同時代を生きる人たちもそうであります。イエスがそうされたように私たちは私の隣人に「あなたが神のまなざしのなかでどんなに大切な存在であるか」を語り、隣人が自分は大切な存在であることに気付き喜んで生きていけるように応援したいと思います。

同時代の人たちだけではなくて、私たちのあとに誕生する人たちもアブラハムの子、神の子です。いわば、私たちは二つのグループの隣人を持っているのです。同時代の隣人と次の時代の隣人です。

I read a point of the Bible of what Jesus talked about and having wrestling. (Luke 19:1-9) Jesus proclaimed, “This man, also, is a descendant of Abraham” toward Zacchaeus. Let’s lay it mainly on eyes staring at human being that a sinner is saved. Each of us has a peace to be Son of God loved by God and a descendant of Abraham. Son of God loved God is not only us, but persons to live with us at the same period. We follow it in Jesus and talk about “how you are an important person with a look of God” to our neighbor, and we want to support you that the neighbor notices that oneself is an important person and live with pleasure. Not only of the same period after us are a descendent of Abraham and children of God. We, so to speak, have two groups of neighbors which are neighbor of the same period and neighbors of the next time.


次の時代の隣人たちは私たちに何を期待しているでしょうか。パンが分かち合われて一人も飢える者がいない世界を作ろうと私たちが歩んでいること、米国、ロシア、中国他の国が持つ核兵器が廃棄されて、争いを話し合いで解決するようになっていること、世界中の子どもたちが安心して学校で学び大人に成長していくことのできるようになっていること、でしょう。紛争と貧困の中で生きる子どもたちの夢が「大人になること」という悲しい現実を、私たちの時代で終りにしようではありませんか。米国でも日本でも、私たちはこの二組の隣人を持ち、そして二組の隣人の「幸い・シャローム」を実現していくという隣人に仕える「召し」を受けているのです。 これがみなさんと共有したいことの一番目です。

What do neighbors of the next times expect of us? They will expect us to make the world where bread is shared, and there is not a starving people at all, the nuclear weapons of the United States, Russia, China, and other countries is discarded, and solve a fight by talks, children of the world learn at school in peace, and mature into an adult. Let’s make the end in the sad reality in our times that the dream of children living in a dispute and poverty “becomes an adult”. In both United States and Japan, we have two groups of neighbors and realize “happiness and shalom” of two groups of neighbors, and receive “a vocation” to save neighbors.


二番目に共有したいことは、二組の隣人に仕える私たちはどういう事態に直面するのか、ということです。

イエスのことを考えれば分かるのです。イエスが語り、取り組んだ結果は「十字架」でした。なぜ、人間が他の人間を「十字架」につけていくということが起こるのか。理由は、

隣人の幸い・シャロームを実現する、隣人に「仕える」という行動は「ちからで隣人をコントロールする、ちからでものごとを解決しようとする」のではなくて、隣人の立場に立って、隣人の主張を良く聴き、隣人の利益になることを我がこととして考え、時間がかかっても、苦労があっても、実現しようとすることですから、「ちからに頼ってものごとを解決する者たち、自分の利益を優先する者たち」からは理解されず憎まれ拒まれるのです。拒みの極みが迫害であり、弾圧であり、十字架による死刑です。 イエスに向って牙をむいた「ちからに頼って自分の利益を追求する生き方」は現在ではなくなったのでしょうか。なくなってはいません。いぜんとして、いまも私たちを取り巻いています。 ですから私たちが二組の隣人に仕えるということは、イエスと同じ拒みに直面するし、私たちが願っていることは、求めていることは容易には実現しないのです。ちからに頼らず、ちからで相手を屈服させることをしない私たちはイエスと同じように、ちからの行使に対して無抵抗で立つのです、ちからを使うことを最後まで止めない者に対しては必ず負けるのです。負ければいいのです、負ける人間が必要なのです。負け続ければいいのです、負け続ける人間が必要なのです。負け続けた人々の地層があって、現在の自由と幸い・シャロームを受け取る私たちがいるのです。

Secondly, what kind of situation we face. We understand that we think about Jesus. It was “a cross” as a result that Jesus worked on the talk and the problems of the people in front of the people. Why do the people nail other human being to “a cross”? Why is it? I think about realizing the happiness and shalom of the neighbors and an action to serve a neighbor as follows. “We should not control a neighbor by power, and should not solve things by the power. We should stand in the situation of the neighbor and should hear claims of the neighbors well”. We have to be going to come true even if it takes time and even if there is trouble for it. Even if say so we are hated and refused without being understood from that “depend on power and solve things and things to give priority to self-interest over”. The extremity of refusing it is persecution and is oppression and is the death penalty with the cross. Showing a tusk towards Jesus and “the way of life to depend on power and to pursue self-interest “. And they are not losing. They still surround us now. Therefore it faces refusal same as Jesus that we serve two groups of neighbors. And it is a reason not to be realized easily that we wish for it. We are nonresistant and stand in the same ways as Jesus without not depending on power for the use of power, and not letting an opposite people surrender to by power. Even if we use an example, we have no winning chances for an enemy fighting a decisive battle thoroughly. You should lose then. It is necessary for a losing human being. You should lose. A losing human being is necessary. We receive current freedom, happiness, and shalom simply because there is the stratum of the people who continue losing.


イエスを十字架につけた、ちからに頼り自分の利益を追求する人間の世が現在も続いています。イエスとイエスの弟子はいまも十字架につけられていくのです。

しかしこのイエスの十字架は、ちからに頼って自分の利益を追求する者たちへの「赦し」なのです。私たちの中にもちからに頼り自分の利益を追求してしまう、もうひとりの自分がいます。だから私たちにとってイエスはいまも十字架につけられたままです。私たちがイエスを十字架につけ、私たちはイエスに赦された者です。

Nailing Jesus to a cross, and depending on power, besides, and the human world in pursuit of self-interest continues now. Jesus and his disciples are still crucified when I think of it. However, the cross of this Jesus is “the forgiveness” to the people who depend on power and pursue self-interest too. There is another person who pursues self-interest with the help of power in us. Therefore Jesus is still crucified for us too. We crucify Jesus that are forgiven in Jesus.


赦されているからこそ、私たちはこの人間の現実を、赦しにふさわしい、人間の生きる場へと変えていきたいと思います。ちからを持つ者がそのちからにまかせて、ちからのない者をしえたげ抑圧していくことを止めさせねばなりません。私たちがイエスと同じように十字架上に自分を見出すことになる、たとえそうであっても、ちからに頼らない生き方が充満する私たちの生きる場を作ろうではありませんか、このことが二番目に共有したいことです。

We want to change this human reality to the human valid place appropriate for the forgiveness simply because it is forgiven. We must stop that a person with power entrusts the power and suppresses a person without power. Then we will find oneself on a cross in the same way as Jesus too. We will make the place where we live full of way of life not to depend for even if it can happen.

アオギリの木の下で under the Chinese parasol tree

アオギリの木の下で
under the Chinese parasol tree

三番目に共有したいことは、わたしたちには「希望がある」ということです。米国に平和を作り出そうとして取り組んでいるたくさんの市民が生まれているように、日本でも一人一人の命が守られるように、生活が守られるように、取り組む人たちが生まれています。ヒバクシャの中から核兵器の廃絶を訴えそして戦争ではなにも良いものを作れないと声を挙げる人たちが生まれています。オキナワではアメリカ軍が68年も居座り続けることの抗議活動を米国政府と日本政府に対して続ける人たちが生まれています。フクシマの原発事故を経験した人々の中から、核の平和利用なぞありえない、人間は核廃棄物を処理できず放射能に晒される危険と背中合わせであると、原発廃炉の声を挙げる人たちが生まれています。自分の身近なところで生活をしている、野宿労働者、生活困窮者、孤立している外国人が生きていくことを、応援しようとする人々が途絶えることなく生まれています。

Thirdly, we have “a hope”. People who wrestle so that an each person’s life is protected and daily life is protected come into existence in Japan like as many citizen who wrestle to create peace come into existence in the United States. They appeal for nuclear weapon extinction among “the Hibakusya” or the A-bomb victims and people who raise a voice when nothing can make a good thing with the war come into existence. People continuing the protest activity to what U.S. forces continue staying in for sixty-eight years for the U.S. Government and Japanese Government come into existence. People giving a voice of the nuclear power generation decommissioning come into existence from the people who experienced a nuclear plant accident in Fukushima. They claim that a nuclear peace use is impossible and their living environment is exposed to radioactivity by non-disposal of nuke puke and complains that it stands back to back with danger. In my imminent places, the people who are going to support a spending the night outdoors worker, the life poor, and a foreigner standing alone come into existence one after another.


私たちは「あなたも、彼も、彼女もアブラハムの子、神にとって大切ないのち」であるということを、ちからに頼らないで語り、取り組んでいきましょう。この私たちの生き方そのものがひとつの「種」です。この種まきを夜、昼、寝起きしながら続けていきましょう。私たちの知らないところで私たちが蒔いた種は芽を出し育つのです。私たちが知らないところで誰かが同じ種を蒔き続け、その種は芽を出し育っているのです。そして私たちの周りから一人一人の命を大切にしたいと願って働く仲間が生まれているのです。私たちの思いを超えて「イエスのこころを持つ者、平和を作り出そうとする者が生まれているという希望がある」これがみなさんと三番目に共有したいことです。

We are convinced, “you and he and she are the children of Abraham, and your life is important for God”. Therefore we talk and wrestle without depending on power. This our way of like itself is one “seed”. Let’s continue this seeding for noon, night and Morning. The seed which, by the way, we sowed which we do not know starts a bud is brought up. Somebody continue sowing the same kind in the place that we do not know and the kind starts a bud and is brought up. And the friends who wish and work that they want to value an each person’s life come into existence. We have a hope. It is that “a person creating a peace and a person with a heart of Jesus” come into existence more than our thought.


 私は米国のキリスト者であるみなさんが語り、取り組まれていることに加えていただきたいことがあります。みなさんの国で、日本のために世界のために種を蒔いてください。オキナワの願い、ヒバクシャの願いを実現するために、米国の市民と米国政府に、オキナワの声とヒバクシャの声を伝えてくださいませんか。 みなさんが米国の市民と米国政府に、オキナワの海兵隊基地を閉鎖できるように安全保障政策を進めること、米国が他の国に先駆けて核兵器廃絶と原子力発電所を廃炉にすることを働きかけてくださり、米国政府の政策を変える取り組みをしてくださることは、平和を作り出そうと働いているみなさんの仲間である私たちを勇気づけ、私たちの助けとなります。これが私のみなさんへの願いです。

I may want American Christians to add it to your activity. Please sow a seed for Japan and world in your country. Would you tell their voices to the American people and the U.S. Government to realize the wish of people of Okinawa and the A-bomb victims including Fukushima nuclear plant accident victim. I want you to appeal to the American citizen and the U.S. Government as follows: They are the promotion of the security policy for Marine Crop’s base closedown of Okinawa and nuclear weapon extinction and closedown of the nuclear power plant with the United States leading other countries. We are your friends, so we will have the courage and the help through your activity to create peace and to appeal changing a nuclear and military policy of U.S. Government. These are my wish and requests to you.


私たちの願っていることが実現するのに時間がかかるのは、恵みの神が、ちからによらずに人間のこころを愛のこころに変えようとされているからです。この過程のなかで米国でも日本でも、私たちイエスの弟子は、ちからに頼らないゆえになおしばらくの間、自己の利益追求のためにちからを行使する者たちに負け続けていくことでしょう。 私たちはすでに「全てのひとのいのちを大切にする取組み」には必ず十字架があるという見通しを持っているのです。

It takes time so that what we wish for is realized. It is because the grace of God is going to change the human heart to the heart of love without power. In this process, even in both the United States and Japan, we Jesus’ disciples will be still continue being defeated by people who use power to pursue self -profit for a while because we do not depend on power. We have a prospect to already include a cross by all means, and we are for “the action to value the life of all people”.


しかし、地上のものごとについて語り、取り組んでくれた多くの先達たちの歩みとそれゆえの十字架があり、そこにおいて神が働いてくださって、現在の私たちの幸い・シャロームがあります。私たちもあの先達たちに倣い、おのおのの生活の場で、私たちのふたりの隣人に幸い・シャロームを残す歩みをしようではありませんか。私たちの負け続けていくその積み重ねを神は用いてくださり、私たちの後の世代は広い地域・社会で私たちよりも質の高い幸い・シャロームを得ることができるのです。 共に長く粘り強く全ての人のいのちを大切にする取組を続けていきましょう。そのために私たちは自分のこころとからだの健康を長く保つことに努めましょう。栄養と休養をとることを忘れないように、そして私たちの隣人たちが何を必要としているのかを学び続けましょう。

神がみなさんのこころとからだの健康を守ってくださいますように、みなさんの取組みに祝福が豊かにありますようにとお祈りします。

みなさんと三つの思いを共有して歩むことのできることを感謝します。

Many guides in Christ talked about earthly things and wrestled. There were steps of their faith and a cross of Christ because of it. Thanks to work of God in there, there are our happiness and shalom of the present days. We want to witness Jesus Christ after the follow of that guide at a place of each life too. Even if we continue being defeated by people of power, and even if they pile up, God surely will use such us. And the generation after us will be able to get happiness and shalom higher than us in a larger community. We will continue an action valuing the life of all people with our friends tenaciously for a long time. We must keep the health of our body long for that purpose. Let’s keep it in mind in taking nourishment and the rest. With what in mind, we will continue learning what our neighbors need. I pray so that God follows the health of the mind and the body of everybody. And I pray that you will have a God’s blessing everybody’s work. I thank for that I share these three thought with everybody and can walk.

礼拝出席のみなさん  戸坂南礼拝堂アデルフォイにて Worship attendants in front of Hesaka Minami Chapel “Adelphoi”

礼拝出席のみなさん  戸坂南礼拝堂アデルフォイにて
Worship attendants in front of Hesaka Minami Chapel “Adelphoi”

以上が礼拝での私のメッセージでした。

同世代と次の世代というふたりの隣人を持つ私たち、とりわけ将来この国に生まれる隣人から期待を受けて生活をしている者同士です。その隣人の願いを想像して、「いま」「ここで」私たち流のやりかたで実現していきたいものです。私はこの思いでこれからも読者のみなさんに発信していきたいと思います。 お読みくださりありがとうございました。

I did a message by worship under the theme of “the two neighbors of the same period and next generation” until now as wrote. We receive expectation from a neighbor born in this country in the future and live a life among other things. We want to come true in the way of us style “now” and “here” imagining the wish of those neighbors. I want to send it to readers in this thought now on. Thanks a lot for your reading.


以上

〔Written by Tadayuki Ishiya of Hiroshima Mennonite Church pastor〕
 〔Translated by Takanori Sasaki of JMF chair〕

 

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