礼拝堂アデルフォイを宿泊所にして、インドの娘たち七人が、
8月4日から10日まで広島で平和学習と市民との交流をしました。
7日(木)の夕食は、かねてからの計画の、みなでお好みの
「おにぎり」を作って食べよう会をしました。その場で分かったこと。
それはご一行のお一人が「海からのもの」は食べれない、
においを嗅ぐだけでもその場におれなくなってしまうということでした。
聞けばその日あった交流会で「お好み焼き」を前にして分かった
とのこと。
おもてなし側の私たちは、その日の午前・午後におにぎり用の
こんぶのつくだに、広島名物牡蠣のつくだに、瀬戸内のふりかけ、
シーチキン、かつおぶし、たらこ、定番ののり他をスーパーで購入
していました。私はこのごろの得意料理・瀬戸内いりこ出し味噌汁を
自宅で作ってアデルフォイに搬入済み、
といういつでもOK、スタンバイOK状態。
そこで、みなで「海からのもの」は箱に納め、においのあるものは
外に出して、「そうなんだ」「海からのものがだめなんだ」などと笑顔で
語り合って、たのしく「お好みおにぎり夕食会」は終りました。
ごはんのお相手になったもの、
「うめぼし」と「きゅうちゃん(キュウリのつけもの)」でした。
あとで考えました。娘たちの広島滞在中の食事はどんな内容に
なったのだろうか、私たちは毎日毎食さまざまな瀬戸内の恵み、
「海からのもの」をいろいろな形にして食べているのです。
娘たちから教えていただきました。
言葉はかたくなるのですが、「自由における断念」ということ、
娘たちにしっかりとあった「隠れた秩序・見えない秩序」、
「友を愛するということ」。
パウロ流に言うならば、
「だから、もし食物がわたしの姉妹を悲しませるなら、
姉妹を悲しませないために、わたしは海からのものを
食べない。」 (参考箇所第一コリント書8章13節)
(2014年8月15日 石谷牧師記)