お知らせ

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2017年1月、2月、3月、4月の集会について

 2017年1月から4月までの集会予定は次のようです。

ぜひご出席ください。

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       2016年12月 広島平和大通りドルミネーション

 イエスの誕生を感謝し祝うクリスマスですね、おひとりおひとりが自分らしく歩めていると感謝し、

おだやかに日々を過ごせる恵みが豊かにありますようにとお祈りしています。

12月の礼拝は18日と25日クリスマス礼拝です、ご参集ください。

2017年1月から4月までの集会の予定をお知らせします。

◎アデルフォイ主日礼拝 午前10時30分~

1/1,1/8,1/15,1/22,1/29,  

2/5,2/12,2/19,   3/5,3/12,3/26,

4/2,4/9,4/16,4/23,4/30,

※1月29日,3月26日は音楽を、2月19日,4月23日は読書を分かち合う礼拝です。

※1月8日は新年礼拝、1月22日は教会総会です。

※4月16日はイースター礼拝・教会開設37周年記念礼拝です。

 ※2月26日石谷は教会会議総会に出席するため宮崎市に出張し、大淀教会で礼拝奉仕します。

また3月19日は神戸教会で礼拝奉仕します。この両日は家庭礼拝をお願いします。

◎土曜日集会   1/7,2/4,3/4,4/1

◎アデルフォイアシュラムは第二・第四月曜日です。午前11時から。

 変更することがあります、石谷までご照会ください。

◎石谷牧師ジュノーの会への協力日 毎月第2、第4土曜日

 被曝体験伝承講話の1月担当日は23日(月)11時から

 平和資料館東館地下のホール、2月以降はご照会ください。

                                                                                              以上

 

深紅面目その3 「この世界の片隅に」から

 アニメ映画「この世界の片隅に」は、私たちのような市井の人々が戦争によって

大切な人を失い、喪失の悲しみをそのまま抱いて生きていこうとする姿を描いたもので、

私は小さな子どもが米軍によって投下された爆弾で死ぬところ、やはり幼い女児が

原爆によって母が死んでゆくさまから離れずに泣く場面、主人公が爆弾によって右手を

失い絵筆を持てなくなった自分をじっと見つめる姿などなど、思わず涙を流したことでした。

 戦争によって大切な家族を失う、戦争によって右手を失い絵を描く自分を失う・・・、

大切なものを失った自分をそのままに生きていく人々は、現在も「この世界あちこち」にいる、

どんな口実をつけて行われる戦争も憎み、戦争の火種を消していきたいとの思いで、

この映画のことを「失う」という言葉を使って周りの者に伝えたのでした。

 

 しかし「失う」という表現で良かったのかと、現在では反省しています。

「失う」のではなく、「奪われる」ではないか。「失う」では戦争によって被ったできごとを

「受忍」していくことになるのではないか。「失う」という言葉を使った自分はどこか傍観者であり、

当事者意識が弱い。  確かに市井の人々は積極的あるいは仕方のなかった

沈黙という行為で、戦争遂行への支持者であったのですが、その反省をしつつ、反省をするからこそ、

もう二度と戦争によって国の利益を追求したり守ろうとすることはしない、という気持ちを表すには

「戦争によって失う」ではなく「戦争によって奪われる」という言葉を使って映画の報告をした方が

良かったと思います。

 自分に内にあるものが「失う」という言葉に出てきたのです、またひとつ学びました。

 

        2016年11月25日    石谷牧師記

深紅面目その2 「トランプさんにお願いしたいこと」

 私の期待と予想を裏切って大統領選挙を勝利したトランプさんにして欲しくないこと。

ひとつ、自分に利益になるときだけは他国に干渉するが、自分の利益にならないとみるや

内政不干渉を決め込む。ふたつ目、その干渉が世界一の武力を使っての威嚇、または行使で

ある。みっつ目、すでに金持ちの人々は喜ぶが、貧困層、マイノリティー、移民、難民、小さな

規模の国の市民にはつらい政策。

 トランプさんにして欲しいこと。ロシアと中国の指導者と協力して世界中の子どもたちが

食べることで心配しなくて良い食べ物の分かち合いを実現する。加えて世界中の子どもたちが

中学校くらいまでの勉強ができるように、アメリカとロシアと中国がリーダーシップをとる。

このためのお金は地球中の国々、人々に募金を呼び掛ける。トランプさんにもアメリカ合衆国にも

相当出して欲しい。安倍首相と日本政府に強制はしない、自分で決断できるように放っておく。

 私のして欲しいことをトランプさんが実行できるために、私がトランプさんにできること。

太陽のような熱情でもってトランプさんを注目し続けます。先んじて子どもたちの食べること、学ぶことに

募金します。

 

            2016年11月18日   石谷牧師記

 

 

深紅面目その1 「カープにかんぱい」

 今年の広島東洋カープにこころから乾杯。

昨夜の日本シリーズ第6戦で今シーズンは終了、勝って第7戦まで持ち込んで欲しいという期待は

もちろんあったけれど、でも、カープの選手たちみんなよくやってくれました、楽しませてくれました、

感動をありがとう、このごろ広島のあちこちで聞く見ることばですが、まったく同感の気持ちでゲームセットでした。

 とりわけ私は、私だけでないでしょうが、第3戦の現役引退宣言をした黒田投手のマウンド姿をじっと見つめて

いました。すこし苦しそうに力投する黒田、そして大谷選手との3度の勝負には、新旧交代の厳粛さに感じ入った

のでした。二本の二塁打を打たれた黒田投手はみごとに自分の引退の時を見極めたのでした。

 黒田投手、大リーガーからカープに帰還して二年をかけて、選手同僚を鼓舞しリーグ優勝への大いなる貢献、

ありがとう。人間が何を選ぶか、黒田投手が選手生活最後に選んだものは、

アメリカならではの高額の契約金ではなくて、出発点となったチームへ貢献したいという自分の気持ち。

そしてこの心意気に感じて応えたカープの選手のめんめん。

黒田投手は200勝達成にまさるすばらしい仕事をされたと思います。

 こんな人間と人間の気持ちのやり取り、交差することを見せてくれたカープ、

私にとって日本シリーズ優勝になればなったで良かっと思いますが、それとはちがう人間ドラマを味わわせて

もらったのでした。

 良かったよ今年のカープ、ありがとう、カープにこころから乾杯。

 写真―旧市民球場前にあるセントラルリーグ優勝記念碑に今シーズンの記録が刻まれました。

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           2016年10月30日   石谷牧師記

秋ですね「ほととぎすの花」咲きました

 暑い夏が終って、礼拝堂の玄関先に「ほととぎす」の花が咲きました、秋到来です。

季節の変わり目でもありますね、ホームページをご覧になってくださるみなさま、

どうぞお体を大切にされてことしの秋をお過ごしください。

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        2016年10月18日    石谷牧師記

9月のメッセージ「9月11日、あの日から15年」

 2001年9月11日、ニューヨークの貿易センタービルに向けて旅客機を使っての攻撃と

その直後の貿易センタービルが倒壊していく影像を見たときの衝撃を忘れることができません。

なぜこんなことが起こるのか、と頭抱え、命を失った人たちの私と同じ喜怒哀楽の日常を思い胸痛めた日。

 

 その日から15年の2016年9月11日の日曜日礼拝で分かち合ったこと。

暴力と憎悪の連鎖は現在も続く、子どもたちの命が空爆によって無残、悲惨に奪われ

続けている、奪う者たちは誰だ。かわいい子どもを失った者たちの嘆きの泣き叫び、叫びにも

ならないあきらめ、うらみに沈む沈黙が今日も世界の各地でうずまいている。

私たち人間に人間に対する希望はあるか。

 

 今日は2011年3月11日から5年半年。あの大地震と大津波そして福島第一原発事故から

私たちはどんなことを肝に銘じたか、あの日を原点にして日本の社会、原発政策はどのように変わってきたか。

日常の、こうしてみなが生きて生活を共にし合っていることの幸い、がもうすでに忘れられていないか。

安全に処理できない放射性廃棄物を貯め続けている原発は再稼働された。

 

 どうなっているのか、人間に何が足らないのか、何が欠けているから、

暴力によって子どもたちのいのちが未来が奪われ続けていくのか、これからも。

台風、地震、津波、火山噴火という自然の営みと背中合わせに暮らす私たちに何が欠けているから、

何が足らないから、原発は再稼働されているのか。

 

 私たちのあいだのどこに希望の種が蒔かれ芽吹いているか。

 

 イエスの宣教の生活、それは当時の社会の権力層の人間を、おまえは人間の尊厳をどう考え生きているかと

鋭く問うものであったので反感を買い、権力層による無残で悲惨極まる十字架の刑死で終りました。

イエスの宣教生活のあいだのどこで希望の種が蒔かれ芽吹いていったか。

 イエスの十字架になる横木を運べと徴用されてしまったクレネ人シモンという男、どうやらこの男の二人の息子は

イエスの弟子となったようです。イエスについて回った女たちのマグダラのマリアが最初の復活体験者。イエスの

処刑の現場責任である百人隊長は、神に生きる人とはこういう人かと感動したのか「この人こそ神の子だった」。

確かにひとりの人間からイエスが受け継がれていく、そして次の人間がイエスを受け継いでいった、今日まで、

と十字架刑死の日から始まった、きょうも続いているできごとを思う時、私は温かい希望に満たされます。

 

 実際2001年9月11日の直後から世界中に見られる暴力の応酬と連鎖を、

互いを愛すること、尊厳を認め合うこころでおおいそして癒そうと立ち上がった広島の市民たちの行動が

毎週水曜日の夕方に原爆ドーム前で続けられています。

広島を訪れた旅人たちの中には足をとめて思いを重ね祈りを共にする方がいます。そしてみなで

歌います。

  ♪All we are saying is give peace a chance♪  (ジョン・レノン)

一粒の小さな種だけれど、私には確かな希望、人間への希望です。

 

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 2001年9月から毎週水曜日18時30分から行われている市民による平和を祈る集い

 

                    2016年10月5日   石谷牧師記

 

 

 

石巻市立大川小学校を歩いて

 私は全国各地のメノナイトの仲間とともに学びの機会を持っています。

今年は、東日本大震災の現場を訪ねました。現地のみなさまのご協力をいただき

良き学びができました、これを広島での生活に活かしていきたいと思います。

以下にその報告をいたします。

 

第9回 2016年ヒロシマとメノナイトのもとに集い合うセミナー報告

                                                広島メノナイト・キリスト教会 石谷忠之

行動:

2016年9月17日(土)カリタス石巻にて大津波震災語り部武田政夫さんの証言

                                        大川小学校訪問

2016年9月18日(日)常磐自動車道を使い被災地域相馬~いわき市を経て]

                                        常磐教会礼拝出席

                                       教会開設いわき食品放射能計測所「いのり」の見学、説明を聞く

 

2016年9月19日(月)福島駅東口環境省・福島県が開設した除染情報プラザにて省み会

 

私は日頃から次の二つをバランスよく生きることができたらと願っています。

一つはいまここに存在する人間、展開する状況、の必要にふさわしく行動すること、

二つ目はその人間とその状況を作っている原因・要因・背景に関わる行動をすることです。

言い換えると、後者は過去と現在人間が何をしてきたかを省みて次世代のそして未来の人間に

対する責任を担うこと、前者はいまここに存在する人間のいのちと尊厳を守ること、

この二つが私の生活の歩みに具体的に実践されていることが私の願いです。

このような願いを持つ私は今年のセミナーで出会った方たちから示唆を得ました。

 

死なずにすんだ人間がいたのではないか―私のこころに残ったこと

石巻市立大川小学校の子どもたちは50分間校庭に待機後に避難を始めたが、

その時はもう間に合わず津波にのまれて児童74名教員10名の死者が出た、

これは速やかな避難誘導を怠った教師たちの判断の誤りではないかと私は考えています。

16日の下見では偶然にも来訪者を案内するために来ておられた、遺族たちが作った

「小さな命の意味を考える会」の会員の方に(娘さん亡くし息子さんはかろうじて生きのびた)と

お会いし、短い時間でしたが、同会の願っていることをお聞きし、合わせて子どもたちが逃げる

ことができたであろう隣接する山への道を教えていただきました。

現場に立ち、「いのちてんでんこ」の原則-津波がくることを予想してすみやかに高台に逃げること-を

実行していれば子どもたち、教職員は死なずにすんだのではないかという思いを深めたことでした。

しかしそれは実現しなかった、なぜなのだろうか、あのとき教員たちは50分間職員会議で

何を話していたのか、なぜの問いが今日もこころ落ち着かせてくれません。以下は私の問いです。

・避難する時を逃がすな、けれど逃がしてしまった。その原因は何か

・「小さな命の意味を考える会」が石巻教育委員会の責任を問う裁判を起こしたのは、

避難が始まるまでの過程を明らかにして、子どもたちの死をこれからに活かしたいから。

石巻教育委員会は遺族の願いにどう応えているか。

写真は震災遺構となった大川小学校校舎

 

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子どもたちが逃げることができたのではないかと考えられている学校に隣接する山への道

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大津波語り部 武田政夫さん

・前例、過去の自分の体験に囚われるな、事実に即してより安全を追求せよと伝えたい。

・チリ地震津波の体験に囚われて避難しなかった人たち、

 避難先からいったん自宅に戻った奥さまは津波にのまれて行方不明となられた。

 

 わたしの見た『人間のいのちと尊厳を守る働き』

これから、命を救うことのできる人間がいるのではないか、

あやまちを繰り返させない、とあの体験を活かそうと立ち上がった人たち

「小さな命の意味を考える会」は、大川小学校で起きたことを講演、ホームページ他に

よって全世界に発信している。

また大川小学校の卒業生には、小学校のガイドを引き受け、その日に何があったかを

語っている方がいる。いずれも子どもたちの死がこれからの学校教育、広く防災教育に

活かされるようにしていくことを願っての行動である。

 

武田政夫さんは大津波被災の語り部となって、津波がくるときは、より早く、より高く、より遠くに

「てんでんこ」に(めいめいが主体的自発的に)逃げようとご自分の体験を踏まえて語っている。

 

いわき市常磐教会のみなさんは、従来からいわき市に住む市民と原発事故による避難者との

間に生じている軋轢、緊張が少しでも和らぐよう努めたいと考えている。

また、いわき食品放射能計測所「いのり」を開設し地域の人々の測定希望に応えている。

みなさんの姿勢は、被災者には100人100様の事情と必要があることを理解する、

そしてできるだけそのひとりの必要に応えるというものである。

  今回お会いしたこの三組の取組み具体的には、体験を聞きたいと求めてくる人間に

せいいっぱい応えること、放射線被曝を恐れる人間の測定の希望に応えることは、

人間のいのちと尊厳を守ろうとしている働きであると思う。

 

 『未来の人間に対する責任を担う働き』

 私はなぜ大川小学校の教員たちは子どもたちを引率して早めに裏山に避難しなかった

のだろうかと思う。また、武田さんの知人一家は津波の大きさを小さいと考えて避難せず

波にのまれた。福島第一原発事故ではそれまで流布していた「安全神話」がもろくも崩れた。

 未来の人間に対する責任を担う働きそれは、人々の生命と生活を守るために、

地球と大自然の営みの側ではなく、私たちの側で足らなかったこと、欠けていたことは何かを問い、

完全ではないだろうが、現時点での答えを見つけて、語り出し分かち合い、

ふたたび人間のいのちと尊厳が破壊されないようにしていくことであると思う。

その時に欠けていたこと、私の現時点の答えは、昨日までの自分の知識、体験をふまえつつも、

囚われずに、何よりも「個人」のいのちと尊厳を尊ぶために、今日のこの状況、最新の研究と情報に

即して勇敢にひとりになっても行動できる「個人」がいなかったと私は考える。

それゆえに私の未来の人間に対する責任はこの「個人」に私たち一人一人が成長していくように、

こどもたちが育っていくように行動すること語り出していくことである。

 

                2016年10月3日   石谷牧師記

 

 

 

 

 

8月のメッセージ「贈られた宝」

 先に地上の歩みを終えられた方が私たちに贈ってくださっている宝が二つあります。

一つは、いつまでもあると思うなあの人・この人との交流、語らい、共にする時間、

ということです。

 

 私は7月に、父のような存在であった方を亡くしました。その方が亡くなる前日に部屋を

訪ねて、イエスの言葉とふるまいを伝える箇所を耳元で読み、讃美歌を歌い、今日の心臓の

調子はどうかなと脈を取らせていただきました。確かに数日前に比べると頻脈(ひんみゃく・

心拍数が多い)であり弱い感じがしましたが、明日には亡くなるとは思いもせずにおいとましたのです。

また明日来ますと言ってお別れしたのです。しかし翌日訪ねた時刻には亡くなっておられました。

35年間のその方との交流、私のことを大切に思ってくださった方と今になって初めて知るような

気持ちなのです。

 出会いと交流には必ず終りが来る、忘れるなよ。だからこそ、いまここで得ているあの人・この人との

共に過ごす時間を大切にするんだよ。 貴重な宝物を贈っていただきました。

 

 二つ目の宝。それは人間と人間が深く愛ゆたかに出会える「その時」を逃さないようにということ。

私はその時が鈍感にも分からなかったという失敗をして、取り返せないその時の重さ深さを味わうのです。

 

 でもここでは私が「その時」が分かった体験を述べます。

それは実父と過ごした時間のなかで生まれた「その時」を私が味わった体験です。

 今から40年ほど前。

父は晩年入退院を繰り返していました。私はすでに社会人となって都会で働いていました。

ある年の暮れに久しぶりに実家に帰省しました、実家への道の途中に父の入院先がありましたので

見舞いました。そしてひとしきり仕事のことや都会での暮らしのことを報告し、父からは病状についての

話があったと思います。和やかな時間でした。

 しかし強烈に私の心に残っているのはその後の光景なのです。

父と別れて病院を出てバス停に向かう道を歩もうとして振り返ると、病室のベランダから

私を見ている父の姿がありました。私は手を振りました、父が手を振って返しました。

道を曲がるところでもう一度振り返ると、なお私を見ている父の姿がありました。私は大きく手を振り、

父が手を振って返すのを見ました。これが最後のそして成人してからは最初の「父のこころと交差した時」となりました。

あの時私はどうして振り返ることができたのだろうか・・・  父はなにをおもい私を見つめてくれたのか・・・

振り返ることができて良かった、ほんとうに良かった・・・。

 

 大きく手を振る私と病室のベランダから手を振る父の姿が一枚の写真のようにして、

私のこころに強烈に刻まれています。

 私は地上を歩む父の姿をこの一枚の写真の後見ることはありませんが、

父の私へのおもいを感じながら生きているのです。

 

               2016年8月29日    石谷牧師記

「きけ わだつみのこえ」

 この数日は、「きけ わだつみのこえ―日本戦没学生の手記―」を読んでいます。

胸にこたえ、読み進むことがむつかしく、それでも引き寄せられるように、若者たちが

遺したことばを辿ることです。

 山口県徳山港から船に乗って人間魚雷回天の訓練基地であった大津島を幾度か

訪ねたことがあります。その回天の搭乗員であり訓練中事故により殉職した若者の手記、

シンガポールにて訪れたチャンギー刑務所で戦犯として絞首刑死した若者の手記などなど・・・、

生きることの意味と死ぬることの意味をひとつひとつの手記が個別に率直に、私に語ってくるのです。

 

  1944年6月にフィリピン方面にて行方不明となった25歳の若者の両親宛て書簡より抜粋。

「今の自分は心中必ずしも落着きを得ません。一切が納得が行かず肯定ができないからです。

いやしくも一個の、しかも人格をもった「人間」が、その意思も行為も一切が無視されて、尊重

されることなく、ある一個のわけもわからない他人のちょっとした脳細胞の気まぐれな働きの函数と

なって左右されることほど無意味なことがあるでしょうか。自分はどんな所へ行っても将棋の駒の

ようにはなりたくないと思います。」

 

 あの満州事変に始まる日中戦争、アメリカとの戦争を強引、無謀、無責任にも指導おしすすめた

戦争指導者たちによってどれほどの人間の命が軽んじられ奪われたことか、しかもその指導者たちの

中には戦後を敗戦前と変わりなく生き延びた者もいる。

わたしはあの戦争指導者らを糾弾したくなりましたし、手記のいくつかにもはっきりと書かれてあった、

その指導者を野放しにし抱えこんでいた私たち国民の軽薄さまぬけさに気持ちは重くなるのでした。

そしてその軽薄さまぬけさを今日現在の私たちがすっかり清算し過去のものしたとはとても言えないという

恐怖に近い気持ち・・・。

 

 無謀な戦争のなか食糧が枯渇し、敗戦日のあと8月19日飢死した若者の自画像入りの手記がありました。

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         2016年8月15日敗戦記念の日  石谷牧師記

 

 

7月のメッセージ「個人の尊厳のみなもと」

 (ルカによる福音書15章11節以下、ふたりのむすこと父親のたとえより)

 弟も兄も人間の取り扱われ方に対する考えを変えねばなりません。

弟は父親の財産を分けてもらってそれを金に換えて放蕩三昧、ついに無一文となり

ひもじさのなかで飢えて死ぬことだけはしたくないという気持ちになり、父のもとに

帰ってきます。自分のしでかしたことへの反省があり、雇い人の一人として働かせてください、

食べることだけは与えてくださいとの気持ちです。悪いことをした者はその報いを受ける、

失敗した者が惨めさを味わうことは当たり前、これが弟の気持ちの行きつくところ、

人間の取り扱われ方の常識でした。

 

 兄も同様の常識に生きていたです。

まじめに働いた者が、より多くより良いものを受けることができる、なまけ者の得るものが

少ないのは当然である。兄は放蕩三昧の生活から戻ってきた弟を父が喜ぶことをまったく

理解できないし、反発し、こんな父親とは行動を共にできないと考えるのです。

 

 兄も弟も「優勝劣敗(まさったものが勝ち、おとった者が負ける)」思想のとりこになっています。

 

 イエスが教えたこと、それはアッバ父、神の人間に対する姿勢は、あくまで個人本位、そしてその者が

何をしたかではなく、なにができるのかではなくて、その個人が、いま・ここにいることを喜び祝い祝福

する。父親の姿に託された、アッバにとっては弟が何をしてきたか、どんな姿で帰ってきたか、

そんなことは問題にもならない。生きてここにいる弟がすばらしい。兄にも父と同じ気持ちで弟を

人間を受けとめて欲しいと、祝宴に加わろうとしない兄のところに飛び出てきて懇願する父親。

アッバ、神が、私たちに懇願しているとイエスは教えています。

 

 何の条件もつけず、個人の尊厳を重んじる私の信仰のみなもとはこのイエスの示す父親の姿に

あります。私たちは人間の取り扱われ方が雑になったり差別的になったり暴力的になっている現実を

憂いています。この国の富、豊かさ、福祉、雇用を移民や難民と分け合うことなどしたくないと主張する

アメリカでの各国での政治家の台頭を憂います。わが国に出てきた、個人の思想信仰と表現の自由よりは

公(おおやけ)の習俗、慣習、国の決めたことに従うのが国民の義務として優先されるという主張は

恐怖であり深く憂いています。

 

 憂うからこそ、なんの条件もなしに、いまここにいる「個人」を尊び喜ぶ文化、社会の雰囲気を

作っていけたらと願っています。

 

             2016年8月15日    石谷牧師記

 

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