私は2012年から三人の被爆者の体験講話を継承する活動を始めました。
そして体験をお聞きし親しく交流をさせていただき、その方が何を伝えたいかを受けとめ、
昨年2015年4月から、平和資料館を訪れて、伝承講話を聴講希望される方にお話し
させていただきました。ほぼひと月に1回、これまで14回のべ109名のみなさんが聴講して
くださいました。小学生から70歳台、関東、関西から広島へ旅して来られた方との1時間の
出会いです。
あるとき、おばあさまが原爆孤児であるという聴講者がおられました。
私の伝承講話、11歳で家族6名を失い原爆孤児となった被爆者の話を聞かれた後で、
被爆のこと、戦後をどう生き抜いたかを語らなかった祖母の気持ちのそばに立てたような気がします、
という感想を書いてくださいました。
私には原爆孤児の思いへの共感の喜びと伝承講話をすることへの励ましになりました。
今日から2年目が始まります。井上ひさしさんの「ふかいことをおもしろく」を手本にして、
被爆者の体験とその思いが、聴講してくださるみなさん、これから大人になっていくこどもたちにとって、
歩む方向、歩む姿勢を考える上での参考になるように、「興味深く語る」に努めたいと思います。
2016年4月8日 石谷牧師記
死んだ人間がよみがえっていると言えなくもないのです。
たとえば、夏目漱石の小説「こころ」、「先生」のそののちの生涯に「K」は大きな
影響を与え続けました。ついに先生は、深い苦悩のはてに、Kとの関係を清算するために
自殺することを選んだと読むこともできるのではないでしょうか。先生の生涯に亘ってKはよみがえり、
先生を想う「私」―読者の一人一人でもあります―が存在し続けるかぎりKはよみがえる、のです。
イエスのよみがえりは小説のはなしどころではありません。
人間を、なんと深い、なんと激しい、なんと美しい、なんと静かな、なんと柔らかい、なんとひたむきな、
百人の人間がいれば百様に、変えることか、その人生を大きく変えていくことか。人間の変わったことと、
その人間のその後の生涯を知ればその人間のうちによみがえったイエスがわかるのです。
たとえば、パウロ。イエスをメシヤと告白する者たちを迫害し回っていた男でしたが、あるころから、
イエスにこそ神の人間に対する救い、恵みが現れた、イエスのように生きることが今や神の人間への
まねきだとのメッセージを、ユダヤ人からは異邦人とされた人々に伝える仕事を始め、続ける者となり、
その結果としてローマで殉教したパウロ。
たとえば、ペテロという弟子。彼はイエス殺害後に誕生したエルサレムの教会の世話役・指導者となった
のを始めとして、その後はパウロの宣教によって生まれた教会にも行って信徒と親しく食卓を共にして
同信の者たちを励ましたのです。イエスを否認してイエスを見捨てて逃げて自分を守ったペテロでしたが、
あるころから仲間に仕える仕事を始め、続ける者になったのです。
たとえば・・・と語り始めたら、イエスの影響としか考えられない仕事に従事し、それを生涯続けた人間について
言い尽くせないのです。その人間にイエスはよみがえっているのです。その人間の側からは、私はよみがえった
イエスに出会った、私の内側にイエスの啓示が与えられた、というような言い方で説明されるのです。
私が自分の体験を踏まえて言えることは、イエスが私によみがえることは、まず私へのイエスによる赦しが
自分の内に示され、加えて私への仕事が与えられる、という実感であるのです。
体力があり知的な活動をすることができる日々には、人間が大切にされることために、
人間が生きる喜びをもって生活できるように、私たちめいめいに与えられた、召された、仕事をしましょう。
「仕事」と呼ばなくても、私たちに「生活する場、生きる場」があって、そこで自分を愛するように、
できるだけ隣人を広げて、深く愛していこうではありませんか、あのナザレのイエスがされようとしたことです、
私たちへのまねきです。
そして、もしも、やがて、体力が衰えたならば、この声が届くところにいる人間に、ありがとうの感謝とねぎらいを
伝えて生きようではありませんか。
もしも、やがて、自分で動く力と考える力を失うことを予感したら、
私によって周りの人間が生きることのヒントを得ますようにと祈りましょう。
このようにして、私たちのイエスから与えられる仕事は変わるのですが、私がよみがえるイエスの影響を受けて、
よみがえるイエスとともに、愛に生きたいと願う日々は地上の歩みの最終日まで続くのです。ハレルヤ、ハレルヤ。
( パウロのピリピ人への手紙1章20節のことばから・・・
生をとおしてであれ死をとおしてであれ、わたしのこのからだにおいてキリストが誉め讃えられるように )
2016年4月4日 石谷牧師記
2016年3月から5月にかけての集会案内です。どうぞ遠慮なく気軽に参加してください。
◎アデルフォイ主日礼拝 午前10時30分~
3/6,3/13,3/20 3/27,
4/3,4/10,4/17,4/24,
5/1、5/8,5/15 5/22,
※3月13日は東日本大地震・大津波、福島原発事故から5年を覚えての礼拝です。
午後2時からはこの5年間のことを省みてそれぞれに感じていることを語り合う集いを持ちます。
周りの方にもご案内いただければ幸いです。
※3月27日は教会開設36周年記念イースター礼拝です。
※5月15日はペンテコステ礼拝です。
※石谷は5月29日(日)所用があります、この日は家庭礼拝をお願いします。
※アデルフォイの清掃用に雑巾にしてもよいタオルがありましたら献品をお願いします。
◎土曜日集会 3/5,4/2,5/7
◎アデルフォイアシュラムは月曜日です。午前11時からです。
3/14,3/28,4/11,4/25,5/9,5/23
◎石谷は被爆伝承講話を平和資料館地下で下記の予定で行います。
ご都合よければ聞きにおいでください。
・3月28日(月)14時30分から1時間です。
2016年3月4日 石谷牧師記
ラジオで浪曲「木村の梅」を聞きました。
家康ゆかりの梅の木「木村の梅」を別格扱いにして、その枝を折ってはならぬと警護まで
付けて守ろうとする三代将軍徳川家光でした。枝を折ろうものなら重罪に課せられます。
警護者は24時間体制で緊張しつつ交代で梅の木を守ります。このようなことはおかしなことと、
家光の育て親のような家臣大久保彦左衛門は、家光の面前で梅の枝を折りに折ります。
驚き怒る家光に彦左衛門は目に涙をいっぱいにして「あなた様は、人間よりも梅の木を
大切にされるのか」と訴えるのでした。彦左の熱情の形相、そして家光は我にかえって、
自分の愚かさあやまちを知り、捨て身の彦左に礼を述べる。
この話は、主張、意見を異にする持つ者たちの間に和解と平和を作り出す上で示唆に富むものです。
彦左の願いは家光には分かってはもらえないかもしれないが、彦左はもうこれしかないという行動に
打って出ます、家光の胸に飛び込む、切腹を言い渡されるやもしれません。
しかし家光は彦左の意見に従います、自分の愚かさ、間違いを素直に認めて彦左の気持ちと共に
あろうとします。
この両者に和解あり、この両者に平和あり。
家康公を感服させた豊臣方武将「木村」の名を冠した「木村の梅」をこののち多くの家臣、人々が愛でることでしょう。
そして武将「木村」の人となりもまた語り継がれることでしょう。
私たち人間はみな間違いをするのです、愚かなところがあるです。どこにも、どんな時代にも間違いを起こさない
人間はいませんでした。人間を神としてはなりません。特に私たちは、国民のいのちとくらしに大きな影響力を
持つ権力者に安全神話を持ってはなりません、彼らもまた人間であり間違う者、判断を誤るのです。
権力を持つがゆえに、彼らの間違い、判断の誤りの影響は甚大、国民を不幸にします。我が国のそして
世界各国の歴史の事実です。
私たちは生活の場を多くの人間で作り合っています、ならば私たちが平和に生活する場を多くの人間で
協力して作り合うのです。その際、それぞれには独自の主張や意見、価値観、求めているものがあります、それに
よって行動をします。もし、私には相手のしていることが私の平和になっていない、相手に自分の願って
いることに一緒に取り組んで欲しいと思うなら、私たちはどうしたらいいでしょうか。
私がまず相対する人間に歩み寄って願っていることを伝える、これに対する応答は相手に委ねて相手も
歩み寄ってくれることを願う、これが私たちが望んでいる平和作り、双方によって自発的に作られる平和作りの手法です。
イエスの人々のところに出かけていく姿、敵意を持つ者たちにも語りかけていく姿が、ふたたび私たちに迫ってきます。
2016年3月2日 石谷牧師記
寒かった1月が終りました。2月には私たちの体とこころを温かくしてくれる
陽だまり、できごとに多く出会えればいいなと思います。
1月の礼拝で私は「イエスの人間賛歌」を語りました。
安息日にしても良いこと、してはならないことがある、あなたのやっていることは
してはならないことだ、との指摘をイエスは受けました。そのとき、イエスは
「安息日は人間のためにできたのであって、人間が安息日のためにできたのではない」
と答えました。(マルコ福音書3章27節)
またあるとき、イエスの家族が、宣教するイエスを自宅に引き連れ帰ろうとしてやってきて
イエスに会おうとしたとき、話を聞こうと自分の周りを取り囲んで座ってい者たちを見回して、
「見よ、この人たちが、私の母、私の兄弟たち」と語りました。(マルコ福音書4章34節)
この二つの発言の衝撃、迫力に圧倒されます。イエスが信仰するアッバ父のまなざしの
中で人間ひとりひとりは分けへだてなく尊い、例外はなくみなが神の似姿の人間なのです。
イエスの「人間賛歌」であると思います、人間の尊厳を差し示してます。
1月私たちは心を痛めました。多くの若者が亡くなった大型バス事故、廃棄された食材が転売
されて消費されていた事件、そして誰かを被曝させて稼働する原発の再稼働。その背景にある
ことを丁寧に調べる努力を怠ってはなりませんが、福音書に読むことのできる人間の姿から知らされるのは、
私たち人間は自分たちの都合に合わせて、人間のいのち、尊厳、人間の価値に対する具体的取り組みの
レベルを下げる傾向があるということです。自分たちの都合にはどんなものがあるか、会社、経営者の利益、
すでにその事業は多数の企業と人々の暮らしを支えるものになっている・やめるわけにいかない、・・・
人間の尊厳よりも別のことを優先してしまいがちです。
でも、この人たちが私の母、父、兄弟、姉妹と考えて行動できたらどんなによいでしょうか・・・。
残念な現実です。しかしだからこそイエスの人間賛歌を私たちの生活の場で具体的なかたちにしていきましょう、
人間の尊厳不在の社会では、誰も幸せにはなれないのです。
2016年2月2日 石谷牧師記
ホームページを読んでくださるみなさま、寒中お見舞い申し上げます。
2016年も世界は日本社会は多事多難でしょうか、ホームページを通じてご一緒に
歩ませてください。
年賀状をくださった友へ寒中見舞いを送りました。みなさまにも読んでいただければ
幸いです。
2016年1月16日 石谷牧師記
2015年11月3日 宮島弥山駒ヶ林にて
年賀状をありがとうございました。
年末年始をあれこれと過ごしているうちに年賀状の時期が過ぎてしまいました。
寒中お見舞いとしてお便りさせてください。私は、昨年は満60歳でした、
富高小学校と大分高専の還暦同窓会に出席して卒業以来お会いして
いなかった方とのひとときを持ちました。
一日を三つの一日として生活しようと正月に思いました。
一つは今日と明日からの日々の備えをする一日、
二つ目は必ず来る自分の終りの時を意識して大切にしたいことを大切にする一日、
三つ目はみなさんとの交流、家族の支え、光や風や空気など自然から無償の
贈り物を喜ぶ一日、これは私の信仰では赦されてある自分を喜ぶことです。
この三つの一日で2016年がバランスよく構成されたらいいな・・・です。
どうぞ今年もお元気にお過ごしくださいね。ご来広の折にはぜひお会いしたいです、
声をかけてくださいね。
2015年という年、私たちの日本社会で、シリア、パリ他世界各地で私たちを不安にさせ
悲観的にさせることが続きました。だからこそ「希望」を分かち合うクリスマスにしましょう。
人間のしわざによって悲観的になったとしても、人間によって希望を与えられましょう。
時満ちて人は誕生します、周りの大人たちはその日を待ちかねて備えます。しかし、
人が永眠する時は、周りの者にとっては思いがけない時であるのがしばしばです、備えが
できていないことが多いのではないでしょうか。だから私の場合は、その日が分かって
いれば、もう一度会っておきたかった、ありがとうお世話になりましたと伝えたかった、という
故人が幾人もいます。そのような人の中に、私がもっともっとできることがあったのではないか、と
残念に感じた方がありました。けれどその方の最後の日々を知ると、その方にはちゃんと
ふさわしい人たちがいて温かい交流のなかで病と闘っていたことが分かりました、愛の交流のなかで
過ごされいました。このことは私の安堵と希望になりました。どこにおいても必ず愛の心で人に接し
ようとする人間がいる、確かな私の希望です。
イエスの誕生のとき、ルカ福音書では宿屋には泊まる部屋がなく家畜小屋の飼葉桶が寝床に
なったとのこと、でも大丈夫イエスは温かいマリアの胸とヨセフの腕の中に抱かれて、羊飼いたちの
誕生祝いを受けました。
捕縛され十字架刑によって処刑される直前の食卓には、高価なナルドの香油を携えた女性が
現れて惜しげもなくイエスの頭にこ香油を注ぎ葬りの備えをしてくれました。
十字架のそば近くにはガリラヤからずっと一緒に旅を続けた女性の幾人かが嘆き悲しみの涙を
流してイエスを見守りました。
人間の拒みと憎悪はあっても、必ず愛の人がいる、必ず愛がいる。そう知らされて周りを見てみると、
なんと多くの愛の取組が始まっていることでしょうか、営々とした取り組みが継続されていることでしょうか。
私にはみなさんに紹介したい人たちが、その実践がたくさんあります。私たちには希望があります、
愛が働いているのです、愛の人がいて自分と他の人間の尊厳を守るために働いているのです。
不安と悲観的になる現実をしっかり見つめることをしましょう、しかしそれ以上に私たちは希望に燃えたい。
佳きクリスマスと新しい年をお迎えになられますように。
2015年12月23日 石谷忠之牧師記